第15話 推しのいる世界は最高なので②

「どうしたんですかリリー?」

「不審者がいる」

「は!?」


 慌てて私はリリーの前に出て、部屋の中に目を向ける。するとそこには銀髪双眼の繊細そうな美丈夫――攻略対象であるラングレンが佇んでいた。


「ここ女子部屋ですよ! お部屋間違えてますよ!!」

「間違えてはいませんよ。申し遅れました。俺はラングレン・アルマゲストと申します。聖女様の護衛の為に参りました。どうぞラングレンとお呼びください」


 なるほど、護衛のためのあいさつか。犯罪でもしにきたのかと思ってしまった。


「お疲れさまです! 私はスフィア・ファザーリ、こちらは私の自慢の妹、水魔法が大得意レディーで天才のリリーです」

「普通のリリー・ファザーリです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 挨拶をすませると、奇妙な沈黙が流れた。やがてラングレンは私達の部屋の奥にある扉の中へ入っていく。


「待ってください!? ラングレン!?」

「はい。何か御用でしょうか?」

「何で奥の部屋へ入っていったんですか? そこが貴方の部屋なんですか?」

「はい」

「私達は女、ラングレンは男の人ですよね?」

「俺は聖女の護衛なので。また、ここは二階ですが窓からの侵入者が入って来ることが無いよう、窓に神経に作用する魔法を施しました。聖女様やその妹君には発動しないようしていますが、ご友人をここに近づけることがないようにしてください」

「はい、ありがとうございます」


 リリーは「大馬鹿妄想女だけじゃなく男と住むってこと……?」と、ショックを受けているようだ。


「男と住むと言っても、俺は騎士です。貴女たちの護衛をするのが職務です。俺の存在なんて、気に留めず、反応しないで頂きたい」


 そう言ってラングレンは自分の部屋に入っていった。でも、私はさっきの言ったリリーの言葉にハッとした。


「え、大馬鹿妄想女、男……って四人暮らしになりません? 一人多くないですか? こわい! 天井とか床下とかベッドの下に誰かいるんですか? 」

「大馬鹿妄想女は貴女のことよ! とりあえず、入学式まで時間がないわ。荷解きをしましょう」

「うわあああああああああ!」


 荷物に手をかけると同時に叫び声が響いた。すぐさまラングレンが部屋から飛び出てくる。叫び声のする方へ目を向けると、そこにはアンテルム王子が手を震わせながら窓枠に片足をかけのっていた。


「窓枠に奇妙な魔術が施されていると思ったが、何だこれは? この陰湿魔術はラングレンの仕業か……ああ! 聖女スフィアと……未来の天才魔術師のリリー! ごきげんよう!」

「アンテルム王子……!?」


 リリーは愕然としている。第二ショックだ。落ち着けてあげようと後ろから優しく抱きしめたら、手をつねられた。痛い。一方ラングレンは王子の元へ近づいていった。


「王子、何故淑女の部屋に窓から入ってこようとしているのです。変態ですか?」

「やはりお前の仕業かラングレン。二階におかしな窓を見つけてな、王子として確認に参ったまでよ。しかし……我ではなかったら三ヶ月は寝込んでおったぞ。やりすぎだ。これでは間違えて触れたものがあまりに哀れだ」

「面倒くさいですね」

「聞こえてるぞラングレン、さて聖女よ。このラングレンをどうかよろしく頼んだぞ、一見すると物腰は柔らかいが扱いづらく、実力のみで立場を得てきた者だ。変なことを言って切りつけられんようにな」

「酷いことなんて言いませんよ」


 ゲームでラングレンは敬語口調のインテリ眼鏡キャラだけど、いくら食べても太らず筋肉もバキバキにはつかない体質で、「ひょろい」「細い」「弱そう」が禁句だった。そして他の攻略対象がそれを指摘する度に抜刀するという、キレキャラだった。


 まぁリリーは人の容姿に対してとやかく言わない子だし、今の彼女はいじめを楽しいと思う病気の子じゃない。大丈夫だろう。


「では、我は入学式の手伝いでもして来ようか。ではまたな、ファザーリの娘たち――」

「殿下ぁ! クイーン寮のそばに魔物が出たぞ!」


 窓の下でもう一人の攻略対象、レティクスの声がする。アンテルム王子は大きくため息を吐いた。


「今年は本当に騒がしい年になりそうだな……レティクス、どこの結界が破られたかは分かっているか」

「まだ調査中だ! 今は学校内の騎士団が討伐にあたる! 今までにない大きさだ! お前が戦え!」

「ふむ、こういう時は王子が優先的に保護されるべきなんだが……、まぁ我は強い。仕方ないか……おいファザーリの娘たちよ。お前たちの力を大衆に見せつけ、入学式をさらなる晴れ舞台にしてみないか」

「はい!」


 私は大きく頷く。リリーもやや強張った表情をしながらトランクケースを置いた。


 魔物を倒して、強くなるチャンスだ! 振り返ると、エヴァルトの部屋は閉まっている。危ないから、彼は部屋にいてほしい。


 私はアンテルム王子と共に、魔物の出た場所へと向かったのだった。



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