第49話 花の指輪


 ちょっぴり不器用なドラコによるヘアセットがどうにか終わり、オービスはドラコと共にヘトヘトになりながら自室を出た。



「兄様、ドラコ、大丈夫?」



 先に準備を終わらせてエントランスにいたラナのちょっと面白がっているような表情に、オービスはへたりと情けなく笑った。



「大丈夫だよ。二人で随分と手こずったけどね」


「マジで、領主様の髪、頑ななんすもん」



 柔らかそうに見えて強情な髪質はインウィクス譲り。ふわふわ髪のラナとカリタスは顔を見合わせてくすくすと笑った。その様子にでれっと頬を緩めていたオービスは、ふと辺りを見回す。



「スキウルス様は?」


「お待たせしました」



 自室から静かに出て来たスキウルス。ラナによるヘアセットとメイク、そして最後にカニスによって施された王家の紋章が描かれたマントが靡く。



「何故ここまで正式な儀式の衣装を着なければならないんだ」


「まあまあ。イグニフェール様とイグニウス様をお迎えする日なのですから」


「まあ、それは、そうだが」



 どこか納得がいっていない様子ながらも、美しい立ち姿で階段を下りてくる。オービスは思わずその姿に見惚れ、ハッとした。



「とても、お美しいですね」


「ありがとうございます」



 反射的に答えたスキウルスの声は、どこか義務的。けれどその視線がオービスを捉えると、分かりやすく硬直した。



「着て、くださったのですね」


「はい。似合います、よね。スキウルス様が、選んでくれたのですから」



 オービスがどこか照れたように言うと、スキウルスは無言で頷いた。その視線にオービスが居心地悪くなっていると、外の賑やかさが増した。



「皆様、そろそろ」



 ドラコがいつになく張り詰めた声で言うと、カリタスが微笑んで玄関を開ける。



「さあ、行きましょう」



 カリタスの海のような深い青色のドレスが風に靡く。ラナも駆け寄って、空色のドレスをはためかせる。



「早く早く!」


「ああ。行こう」



 オービスは無意識にスキウルスに手を差し出して、ハッとして手を引っ込めた。



「すみません、つい」



 頬を掻いて、先を歩くオービス。スキウルスはピクリと反応してしまった右手を左手で包み込んで、どこか決まり悪そうについて行く。


 ヒューッとクリオが放った青色の火矢が空で弧を描く。噴水広場に到着したオービスとスキウルスは目を丸くして硬直し、カリタスたちはそそくさと定位置についた。


 堂々と掲げられた旗と、会場に集まった領民たち、そしてイグニフェールとイグニウス。二体は大きすぎて、堂々と聳える祠を背に端から見守るだけだが。それでも約束を果たしにやってきた。



「領主様、スキウルス様、結婚おめでとうございます!」



 呆然としていたスキウルスは、視界の端に王家の馬車を見つけた。それを待っていたかのように下りてきた国王と王妃に、その場にいた全員がひれ伏した。



「よいよい。今日はただ、スキウルスの父として来ただけだ。国王ではない」



 豪快に笑った国王に、領民たちは安心して顔を上げる。そして国王の目は、スキウルスに真っ直ぐと向けられた。



「息子よ。幸せになりなさい。もう、兄たちのことを気遣う必要はない。その類稀な知性と優しさを存分に生かしなさい」



 スキウルスが目を見開くと、王妃はくすりと笑う。



「私たちが気が付かないわけがないでしょう? でも、ごめんなさいね。守ってあげることができなくて」


「ああ。お前を守ることが特別扱いではなく当たり前のことだと、ようやく気が付いたんだ。お前の望むように生きることを、これからは惜しみなく応援しよう。まあ、結婚はさっさとしてもらうがな」



 国王の悪戯っぽい瞳がカリタスに向けられる。スキウルスとオービスが困惑していると、カリタスはくすりと笑った。



「幼馴染なのよ。私も元近衛騎士団長の娘だから、王宮の敷地内で遊んでいてね」



 意外な事実に二人は目を丸くした。そしてスキウルスは納得した。カリタスがこの領地で、何をしていたのか。インウィクスを愛していたことは事実だとしても、他に目的があった。


 東国との、和平協定に向けた存在。この領地にもたらされる知識や見逃される密入国者。全てが繋がった。



「カリタスが息子と娘に早く結婚して欲しいとぼやいていたのでな。できる限りのことはさせてもらうさ」



 豪快に笑いながら、国王はオービスの肩を叩く。オービスは恐縮していたが、すぐにハッとした。



「あの、一度失礼します!」



 素早く走っていたオービスは、畑の方へと消えていった。その姿になんだなんだと全員の視線が向く。スーツを汚さないように何やらごそごそとやっているオービス。すぐに立ち上がって走って来ると、迷いなくスキウルスの左手をとった。



「あ、あの」



 スキウルスが戸惑うと、オービスは真剣に見つめた。



「何も、用意はできてないです。でも、気持ちは、確かです」



 そう言って、スキウルスの薬指に花の指輪を嵌めた。黄色いおしべとめしべがぽんっと目立ち、白くて丸い花びら五枚が彩る。



「ちゃんとしたものは、後日お渡しします。今は、これで。スキウルス様。私と、家族になってください」



 いちごの花の指輪。


 スキウルスは、小さく微笑んだ。



「本当に、みんな作れるのですね」



 その小さな呟きに、ラモンの足に抱き着きながら傍で見守っていたイレーネがくすくすと笑う。



「はい。貴方を尊敬し、愛します」



 スキウルスは、オービスを見上げる。オービスはスキウルスの返答に照れたように頬を掻いた。



「スキウルス様は花言葉にも詳しいのですね」


「これでも王子ですから」



 スキウルスは一輪のいちごの花の指輪を愛おしそうに見つめる。そして、その手でオービスの手を取った。



「家族になるのですから、敬称は不要です。スキアと、呼んでも良いのですよ?」



 スキウルスがどこか悪戯っぽく笑う。その笑みに、シャツの胸元をギュッと握りしめたオービス。



「スキア!」



 その力強い腕で、スキウルスを掻き抱いた。その幸福に満ちた胸は鐘のように激しく高鳴る。その音を聞きながら、スキウルスもオービスの背に腕を回した。



「おめでとうございます!」



 従士たちが祝福に青い火矢を放ち、領民たちは拍手する。カリタスはそっと涙を拭い、ラナは静かにアクイラと身を寄せ合った。


 照れたように笑いながら領民たちに片手を挙げて応えるオービス。スキウルスは隣でしっかりと握り、その横顔を見上げた。



「これで、この地に王家が特別介入する理由ができたな」


「ええ。いつでも始めてください」



 不穏な会話を掻き消すように、イグニフェールとイグニウスが高らかに祝いの咆哮を轟かせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第三王子と身代わり領主 こーの新 @Arata-K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画