第27話 火山の下に


 オービスは執務室で小さく息を吐く。そして自分の中で立てた推測について従士たちに語り始めた。



「恐らく、あの坑道の先でかつての火山を納めていた主が暮らしている」



 その言葉にネルヴァとドラコは目を見開き、互いに顔を見合わせた。クリオは緊張した様子で眉間に皺を寄せる。



「火山の主、というと」


「その詳細は分からない。しかし今まで俺たちが相手をしてきた魔物とは比べ物にならないほどの存在であることに違いはないだろう」



 その重々しい言葉に、剣豪と呼ばれたインウィクスと激しい戦いを共にしてきたクリオすらゴクリと唾を飲んだ。



「どうする、おつもりで?」



 クリオの言葉に、オービスはギュッと唇を噛む。そしてすぐに穏やかに微笑んだ。



「一度、一人で探索へ行こうと思う。その結果次第で、その後の方針を決めよう。とにかく相手が誰かが分からなければ、対応のしようもないからな」


「オービスさん!」



 オービスの言葉が終わったとき、バンッとドアが開いてスキウルスが飛び込んできた。



「ダメです、一人で行ってはいけません!」



 その緊迫した表情に、オービスはピクリを眉を動かした。



「何か、分かったのですね?」


「は、はい。坑道の奥で暮らしているであろう主の情報が、王家の秘蔵書庫に残されていました。主の名前は、サラマンダー。火竜と呼ばれる竜の一種です」



 竜。それは魔物の頂点と謳われる存在。サラマンダーは翼こそないものの、大きな身体と高い体温を特徴に持ち、パワーで近づく者を一掃すると言われる。多くは火山の下に住み着き、その体温を維持しているとされる。



「竜が、こんな近くに」



 ドラコは言葉を失った。ネルヴァも拳を握りしめている。



「領主様、ここは、領民たちを皆連れて逃げるべきかと」



 クリオが冷静に告げると、オービスは深く頷いた。



「すぐに全員に避難勧告を。三人は自警団と協力して、逃げることが難しいお年寄りや病人、子どもたちを逃がしてくれ」


「了解。領主様は?」


「俺は、周囲の領地へ情報を送る。最後に逃げるから、心配はいらない。クリオ、ネルヴァ、ドラコ。みんなを頼んだぞ」



 オービスは指示を終えると、スキウルスに視線を向けた。



「スキウルス様も、カニスさんとレオさんと一緒に逃げてください。こちらに来て早々に大変なことに巻き込んでしまって、申し訳ございません」


「い、いえ。それは構いません。あの、私もオービスさんと残ります」



 スキウルスが震える声で言う。王家に残された竜に関する書物なら、ほとんど読んできた。竜を相手に、人間が勝つ見込みはない。最後まで残るという行為が、どれほど危険か分からない。


 オービスは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに首を横に振った。



「ダメです。スキウルス様を危険に晒したくはありません」


「それは、私も同じです」



 詰め寄るように一歩踏み出したスキウルスの表情には焦りと不安が滲み、眉間には深く皺が寄っている。オービスはその表情に、ふわりと笑みを零した。



「ありがとうございます」



 オービスはそう言って、スキウルスの肩に手を置いた。



「でも、一緒に残ることは許しません。俺の代わりに、領民たちを安心させてあげてください。スキウルス様は、俺の婚約者なんですから」



 オービスは、やけに穏やかに微笑む。その表情に、スキウルスは背筋がゾッとするのを感じた。けれどオービスには何を言っても無駄だと悟り、頷くことしかできなかった。



「分かりました。オービスさんの分も、婚約者としてしっかり努めます」


「よろしくお願いしますね」



 オービスはペンを握ろうとして、手を離す。立ち上がって力強くスキウルスを抱き締めた。その手の微かな震えが、スキウルスに伝わる。スキウルスは涙をグッと堪えて抱き締め返す。



「必ず、後を追ってきてくださいね」


「分かっています。俺は誰も、悲しませませんから」



 残す悲しみと、残される悲しみ。そのどちらも身に染みて知っているからこその、重みのある言葉。二人のやり取りを聞きながら、クリオは強く拳を握りしめた。



「領主様。私も残らせてください」



 その力強い眼差しにオービスはたじろいでスキウルスからそっと離れる。そしてクリオをジッと見つめ返した。頬に刻まれた傷や、自戒のように厳しく鍛錬して作りあげられた鋼のような肉体。力強さの中に、悲しみと苦しみが滲んでいた。



「それは、父様のことがあったからか?」



 オービスの言葉にクリオは唇を噛んだ。



「はい。私はあの日、先代領主様を守ることができませんでした。あの日の後悔を、繰り返したくなくて今日まで鍛錬を重ねてきました。どうか、同行させてください」



 絞り出されるようなクリオの声に、オービスは言葉に詰まる。



「あの日、伝令を頼まれた私が助けに戻ったときには、仲間が全員虫の息でした。血に塗れた土の色が、脳裏から離れないのです」



 クリオの苦しさが滲む声に、オービスは歯を食いしばった。



「分かった。クリオ。同行してくれ」


「領主様! それなら私も! 私は領主様を守るために従士になったのです!」



 ネルヴァまで声を大きく張り上げる。するとドラコも、拳を力強く握り締めながらニッと笑ってみせた。



「領主様、俺の名前は竜から取られてるんすよ? 竜退治には俺が必要っしょ!」



 その拳が震えていることは、誰もが見て分かった。けれどドラコの眼差しに、迷いはなかった。



「お前たちは、全く……」



 オービスが深く息を吐くと、スキウルスが涙を堪えて向き直る。



「皆さんが残るなら、私が領民の皆さんを責任を持って逃がしましょう。ですから、どうか。どうか、皆さん無事に戻って来てください」



 オービスは堪らずもう一度スキウルスを抱き締める。そして深く息を吐くと、スキウルスを見つめた。



「みんなを、頼みます」


「はい!」



 オービスの鋭い視線が従士たちに向けられる。



「領民たちが領地を離れたら、すぐに調査へ向かう。それまでに準備を整えよ」


「はいっ!」



 それぞれが、それぞれの役割のために走る。心に誓う想いは一つ。


 全員で、生きて再会を果たすこと。


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