第26話 坑道


 翌日、オービスはドラコと共にアトルム家があった場所へと向かう。前日からの増水量を測定してから、坑道を覗き込む。昨日よりは勢いが落ち着いてきた様子。



「どうします?」


「行こうか」


「了解っす!」



 オービスとドラコは水流に逆らうようにじゃぶじゃぶと水が流れる坑道を進んでいく。岩盤の壁に手をつきゆっくりと。いくら筋力があっても水は危険。足を持っていかれて鼻と口が塞がれば、浅くても死に至る。


 慎重に進んだ二人は、一度水が引けた岩の上で足を止める。疲れた足を休めて、水流が溢れ出ている先を見据える。



「行けるっすかね?」


「行けるとは思うが、一層の注意は必要だろうな」


「そうっすね」



 二人は再び進み始める。そして坑道の一番奥にぽっかりと開いた穴に足を踏み入れた。足首ほどの高さの水が流出を続けるそこを抜けると、洞窟内に小さな空洞があったことが分かった。



「ここが水源か」


「あ、あそこ! ぽこぽこしてるっすよ!」



 ドラコが指差したところを見ると、確かに底から水が湧いている様子が見て取れる。そしてこの水源から溢れた水は、新しく開けられた穴とは別に、少し高い位置に開いていた無数の小さな穴からちょろちょろと少しずつこの空間から溢れる分を輩出していたらしいことが分かった。



「均衡を保っていたものが、新たな穴が開くことで崩壊したのか」


「そうみたいっすね。この小さい穴から溢れた水がどこに向かっていたのかとか、調べた方が良いんすかね?」


「ああ。ここから溢れた水の恩恵を受けていた者はいただろうからな。その水が全てこちらに流れているとなると、そっちはもう水が枯れてしまっているかもしれない。水不足は死活問題だ」


「分かったっす。この穴の先のことについて調べてみるっすね」



 ドラコはピシッと敬礼して、ふざけたように笑ってみせる。そしてすぐに調査に取り掛かった。


 オービスはその様子に苦笑いを浮かべてから、自分も周囲をぐるりと見回してみる。周囲の壁を確認するように触れながら歩を進めると、不意に顔を顰めた。



「ここだけ、熱いな」


「え?」



 ドラコは顔を上げてオービスの方に近づいてくる。そしてオービスと同じようにその壁に触れてみる。



「本当っすね。これ、どういうことっすかね?」


「思っていたより、事態は深刻かもしれないな」


「え?」



 ドラコが問い直すものの、オービスは目を閉じて思考に耽ってしまう。しばらく二人の間に沈黙が流れ、オービスの瞳がパッと開く。そしてドラコの手首を握った。



「とにかく、なるべく早くここを離れよう」


「え? あ、はい!」



 ドラコはオービスに導かれるままに坑道を出る。外に出ると、オービスは深く息を吐いた。



「すぐに俺の家にクリオとネルヴァを集めてくれ」


「わ、分かったっす!」



 ドラコは転がるように駆けて行く。オービスはちらりと坑道を振り返ると、緊張した面持ちで辺境伯邸へと足を向ける。


 オービスが辺境伯邸へ到着すると、ドラコがクリオとネルヴァを連れてきたところだった。オービスがドアを開けて中に入ると、丁度エントランスでスキウルスが花瓶に花を活けていた。



「おかえりなさい」



 振り向いたスキウルスにズカズカと近づいたオービスは、厳しい顔つきのまま力強くスキウルスを抱き締めた。



「え、えぇ?」



 突然のことにスキウルスが目を白黒させる。従士たちも何が起きているのか分からず、そっと視線を外した。


 しばらくしてスキウルスを腕の中から解放したオービスは、どこか寂しそうな瞳でスキウルスを見つめるとくるりと踵を返して執務室に向かう。従士たちは慌ててついて行きながら、呆然としているスキウルスをちらりと心配そうに見る。



「な、なんだったんだ」



 へなへなとその場にへたり込んだスキウルスは、バクバクと脈打つ心臓を抑えるようにシャツの胸元をギュッと握る。オービスの熱さが伝わってくるような抱擁。驚いただけだとは思えないほどの自身の緊張に、スキウルスは首を横に振る。



「殿下。無事ですか?」



 そばでその様子を見ていたカニスは、小さく笑みを湛えながらそっと近づく。その全てを見透かしたような眼差しにスキウルスは少し頬を膨らませた。



「なんだよ」


「なんでもありませんよ。それより殿下。こちらを。水源についての調査結果です」


「あ、ああ。ありがとう。さっき、オービスさんもドラコさんと一緒に坑道に行ってきたようなん、だ、が」



 スキウルスの目が見開かれ、資料からカニスへと恐る恐る視線を移す。



「これは、本当か?」


「この情報自体は王家の秘蔵書庫に隠されていた書物から得た情報ですので、事実でしょう」


「これが本当だとしたら、不味いだろ」


「ええ。非常に。ですがこれが事実であれば、この付近で発生している異常事態の理由の説明もつきます」



 カニスの言葉に強張った表情のまま頷いたスキウルスは、再び資料を読み込む。



「これを、すぐにオービスさんへ伝えないと」



 スキウルスの言葉に、カニスは斜め下へと視線を落とした。



「あの様子ですと、恐らくは、もう、お気付きかと」



 カニスらしくない煮え切らない様子。スキウルスは資料を手に、オービスの執務室へと駆け出した。


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