第25話 贈り物
「領主様! 彼らがどこから来たのかが分かるかもしれません!」
ネルヴァの言葉にオービスは目を見開く。彼ら、とは先ほど遺体を連れ帰った商人の一行だ。
ネルヴァは手にしていた懐中時計を差し出す。それ自体は何の変哲もないどこにでもあるもの。けれどその蓋は艶やかな黒に包まれ、白く何やら花の模様が刻まれている。
「この模様と塗装、この辺りでは見ないものだな」
「はい。東国の者だと推測してパロル村の資料を調べたところ、その素材は漆、というそうです。そしてこの模様は、家紋という、東国で各家々が自らの家を示すために用いている模様なのだそうです」
「なるほどな。この模様が何かが分かれば、その家が分かるということか」
「そういうことです」
ネルヴァはオービスをパロル村の川から最も離れた場所に作られた書庫に連れて行く。水場が近いピンパル領では湿度の管理が難しく、知識があるネルヴァと数人のパロル村の住人たちに任せきりになっている。
「ここに家紋についての古い資料があるようなんです。当時とはかなり状況は違いますが、ある程度の地域の絞り込みはできるかと思います」
「そうか。それなら、その特定を急いでくれ。東国へ渡ることは国家反逆罪に当たる可能性もあるからな。ある程度の場所を絞り込んだら、交易商人に後を任せよう。彼らが国内へ入ってきているということは、商人限定の交易路があるはずだ」
「分かりました。すぐに特定を進めます」
ネルヴァは書庫の管理人たちと視線を交わし、すぐに調べ始める。
オービスが書庫を出ると、スキウルスがひょこりと顔を覗かせた。その悪戯っぽい顔にオービスは一瞬目を見開いたものの、すぐに温和に微笑んだ。
「どうしましたか? スキウルス様」
「ふふ。いえ、少し落ち着いてきたかなと思いまして」
スキウルスに言われて、オービスは指を折りながら考える。
「そうですね、確かに、今すぐやるべきことは終わりました」
「ですよね? 一度、私の部屋に来てもらえませんか?」
「ええ、構いませんが」
いつになくどこか楽し気なスキウルスの様子に戸惑いつつ、オービスは断る理由もなくて頷いた。スキウルスはパッと笑ってオービスの手を引く。無邪気な子どものような姿にオービスは小さく笑みを零した。
二人はスキウルスの部屋に入る。カニスも調べ物で不在、レオも旅の後片づけに追われて不在。久しぶりの二人きりの時間。オービスは思わずゴクリと喉を鳴らした。
そんな様子には気が付かず、スキウルスはチェストの引き出しを開けた。そっと取り出されたのは平たく大きな箱。
「これ、貰ってくれませんか?」
スキウルスが照れたようにはにかみながら差し出したそれを、オービスはそっと受け取る。軽やかな重みのあるそれに、オービスは不思議そうに首を傾げる。
「開けてみても?」
「はい、どうぞ」
オービスは慎重にリボンを解く。そして包装紙を外して蓋を開ける。そこには真っ白な高級感のあるシャツとタキシードが入っていた。
「これは」
「公用の衣装がないと仰っていましたから。今回もカニスのお古を仕立て直したでしょう? 辺境伯家の当主として、手持ちは必要ですからね」
「ありがとうございます」
お礼を言うオービスの声が微かに震える。オービスが普段利用している貴族用の仕立て屋では見ないような上質な生地。王家御用達の仕立て屋で作られたであろうことは聞かなくても分かった。
オービスの震えに気が付いたスキウルスは、くすくすと笑いながらオービスの顔を覗き込む。
「仮にも第三王子を配偶者に持つのですから。これくらいは、ね?」
贈り物をすること自体が楽しくて仕方がないという様子のスキウルスは、いつもよいずっと幼く無邪気。そんな姿を前にして庇護欲が湧かないオービスではない。
「そうですね。スキウルス様の隣に立つ者として相応しくあれるよう、今後とも精進して参ります」
穏やかに、慈しむような眼差し。スキウルスははしゃぐ気持ちが泡のように弾けたような、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、パッと慌てて顔を背けた。
「そ、そうです、ね。あ、あの。私にできることであれば、なんでも仰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。こちらの衣装は、早速次の機会に着させていただきますね」
「そ、そうしてください」
スキウルスは慈愛に満ち溢れたオービスの顔をチラチラと伺いながらも、やっぱり直視はできなくて顔を背け続ける。その様子に、不思議そうにオービスが顔を覗き込む。
「どうしましたか?」
「な、なんでもないです! ちょ、ちょっと用事を思い出したので、失礼します!」
自分の部屋はここだと言うのに、スキウルスは顔を真っ赤にして部屋を飛び出していってしまった。オービスは驚きながらも、手元に残されたタキシードに視線を落とす。
そっと生地を撫でて、小さく微笑む。婚約者からの初めての贈り物。オービスは身体の中に納まらないほど溢れた幸せを少し逃がすように息を吐く。
「お返しを考えないとな」
その声はどこか弾み、孤を描いた優しく垂れた眼差しが窓の外を穏やかに眺める。
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