第19話 お土産


 翌朝、オービスとスキウルスはネルヴァたちと共に城下へと繰り出した。最初はそわそわしていたスキウルスも、次第に吹っ切れたように意気揚々と案内を始めた。



「ここのお店のお菓子が甘くてサクサクで美味しいですよ」


「なるほど。寄って行きましょう」



 小さなお菓子屋。オービスとスキウルスの二人が中に入って、三人は外でガラス越しに二人を見守る。



「あ、マカロンありますね」


「ええ。これは買っていきましょう。それから、スノーボールも」


「スノーボール?」



 スキウルスはオービスの手元を覗く。雪玉のような小さなお菓子。それを見つめるオービスの黒い瞳が優しく細められた。



「昔、父が一人で王都へ来ることがあったんです。そのとき、父が買ってきてくれたのがいつもこのお菓子だったんです」



 お菓子に映る懐かしい記憶。オービスにとっては、今はなき過去の幸せ。けれどそれが思い出されるとき、それは現在にまで続く幸せになる。



「私も食べてみたいのですが、良いですか?」



 スキウルスは控えめに問いかける。そのどこか不安げながらも好奇心に揺れる瞳にオービスは一瞬だけ目を見開いた。そして、すぐに柔らかく微笑んで頷く。



「ええ、もちろんです。お茶のお供に買って帰りましょう」



 オービスはさらにチョコレート菓子を大量に買い込んだ。スキウルスはチョコレート菓子が山ほど詰め込まれた紙袋をちらりと見て苦笑いを浮かべる。けれどオービスの満ち足りた表情に頬を綻ばせた。


 二人はお菓子屋を出ると、服飾店にも立ち寄る。カリタスに帽子、ラナにポーチ付きのベルトを買う。ネルヴァも一緒に家族へのお土産を買っていく。



「ネルヴァさんはお菓子にしないのですね」


「お菓子より、使うことができる物の方が喜ぶ家族ですから」



 スキウルスが聞くと、ネルヴァは幸せそうに苦笑いを浮かべた。緩んだ頬には家族への愛情が滲み出ている。



「ピンパル辺境伯領の皆さんは、家族を大切にされている方が多いですよね」



 オービスがラナのための服をさらに物色する姿を眺めながらぽつりと呟く。ネルヴァはその視線の先を追って呆れたように笑うと、再び手元に視線を戻した。



「そうですね。特に魔物の出現が多い土地柄だということもあるかと思います」


「命の危険と隣合わせだからということでしょうか?」


「はい。狩りへ行った者が帰ってこないことも、帰ってきたら家と家族が失われていることも。どちらの可能性も考えられます」



 辺境の危険地帯。今日の幸せが当たり前に明日に続くとは限らない。何度も繰り返してきた悲劇。防ごうとしても防ぎきれないことも多く、まだ比較的新しい領地でありながら、何度も領民を失ってきた。


 領民たちはその度に対策を考え、どうにか家族や仲間を守ろうと試行錯誤してきた。そのおかげでここ三年は死者を出さずに暮らすことができている。



「その対策の結果があの見張り櫓や隊を組んでの狩りなのですね」


「はい。誰も失わずに日々を過ごすことが私たちの毎年の目標です」



 そう言うネルヴァの表情に暗く陰が過る。スキウルスはその様子に瞼がピクリと揺れた。けれど何も聞かない。この数日を共に過ごす中で、ネルヴァが最も守りたいと考えているものがなんとなく分かっていた。



「私も、その目標の達成のために尽力しましょう」



 今度はネルヴァが目を見開いた。その緑色の瞳にはスキウルスの覚悟がはっきりと映っていた。



「そこまで、考えてくださるのですね」



 ネルヴァは、思わず呟いた。


 王家は辺境を顧みない。そんな考えは、どこの辺境伯領でも暗黙の了解として空気のように自然と存在していた。


 スキウルスはそれを知りながら、王家に対する反逆的思考を無視する。王家も後悔をしている。大きな声でその考えを批判することはできなかった。



「私はいずれオービスさんの配偶者になるでしょう。そうなればピンパル辺境伯領を共に支えていくことになりますから」


「領主の家族としての責任ですか?」


「建前は、そうですね」



 スキウルスがどこか照れたように微笑む。何か別の思惑があるようにも見えて、ネルヴァは思わず眉を顰めた。



「建前、ですか? 本音をお伺いしても?」



 ネルヴァは思わずいつもの慎重さや丁寧さを失いかけるのを取り繕うように、慌てて笑みを浮かべる。一瞬だけ鋭くなった眼差しには、ネルヴァが心の奥底に抱える重たい感情の破片。スキウルスは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。



「本音は、私が領民の皆さんが好きだからです」



 ネルヴァは意外そうに目を見開く。スキウルスはネルヴァから視線を外してオービスを見つめる。その眼差しは自然と柔らかで穏やかになる。ネルヴァはそれを見て取ると、短く息を吐いた。



「そうなのですね」



 口角が緩く上がった、いつものネルヴァ。家族へのお土産を手元で探しながら、オービスを視界から外さない。スキウルスはネルヴァがいつもの調子に戻ったことに安堵して、自分も再びお土産探しを再開した。


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