第18話 夜のお茶会


 オービスとネルヴァの剣が交わり、衝撃波で訓練場が揺れる。騎士たちはその場に踏ん張って耐える。



「流石」


「耐えるだけで精一杯ですよ」



 押されたネルヴァは剣を傾けて流そうとする。その動きを察知したオービスは先に剣を引き戻して次の一撃を繰り出す。


 ネルヴァ反射的にそれを飛び退いて受け流す。しかしその着地点にオービスの剣先が突きつけられた。



「参りました」



 ネルヴァは苦笑いを浮かべて膝をつく。その息は荒く上がっている。この短時間の模擬戦とは思えないほどの消耗。騎士たちは息を飲んでジリジリと後退った。



「今日はこれくらいにするか」


「はい、ありがとうございました」



 ネルヴァが立ち上がって一礼をする。オービスの息は全く上がっていない。化け物じみたその体力とパワーに騎士たちは近づくことすらしない。



「お部屋までご案内します」


「ありがとうございます」



 レオの案内でオービスとネルヴァは訓練場を出ていく。騎士たちは詰めていた息をやっと吐きだして、肩の力を抜いた。そしてすぐ、剣を振るい始めた。


 オービスはドアをノックする。



「オービスです。戻りました」


「どうぞ」



 スキウルスの声が聞こえて、部屋に入る。するとふわりと紅茶の香りが広がっていた。用意された二人分の紅茶と山盛りのクッキー。オービスは驚いて目を丸くする。スキウルスは悪戯っぽい笑顔を見せた。



「お夜食、というかおやつです。お夕食、あまり楽しめなかったでしょう? 一緒にどうですか?」



 スキウルスの気遣いに、オービスは小さく笑みを零した。



「ありがとうございます。是非、ご一緒させてください」



 スキウルスの向かいの席に腰かけると、カップにカニスが紅茶を注ぐ。



「私はティータイムの嗜みがないので、粗相があったらすみません」


「大丈夫ですよ。ここは私室ですから。何も気にせず、ただ美味しく楽しんでくださいね」


「はい、いただきます」



 オービスは肩の力を抜いて、紅茶の香りをそっと吸い込む。



「甘い、ですね」


「はい。甘みのある茶葉にしました。あ、スパイシーな方が良かったですか?」


「いえ。鍛錬の後には甘いものが身に染みます」



 オービスが柔らかく微笑みと、スキウルスも安心したように口角を上げてお淑やかに紅茶を啜る。その鮮やかで滑らかな所作にオービスは目を奪われる。


 思わずジッと見つめてしまうオービスに、スキウルスは耳が赤くなる。オービスはそれには気が付かず、目の前の美しさに目が釘付けになっていた。



「あの、オービスさん」


「あ、は、はい。何でしょうか?」



 二人の間に微妙な甘酸っぱさのある空気が流れる。カニスは静かに茶器を整えながら、ニヤつきそうになる口元を必死に抑える。



「明日は、領地に帰る前に少し買い物をして行きませんか? ほ、ほら、皆さんにお土産も買いたいですし」


「なるほど。それは良いですね。母様とラナにも何か買ってあげたいです」



 カリタスとラナが喜ぶ顔を想像してゆるゆると表情が緩む。領主としての凛々しい面影は一切なく、ただ家族を愛する一人の男の顔つき。妹への愛の重さは尋常ではないが。



「カリタスさんとラナさんは何が好きなんですか?」



 スキウルスの質問に、オービスの瞳がキラリと輝いた。



「母様は甘いものが好きです。特にマカロンとダックワース。サクッと軽い食感の甘さが好きなようです」


「なるほど。では明日も菓子屋に寄りましょう。ラナさんはどうですか?」


「ラナは可愛いものが好きですが、天真爛漫で無鉄砲なところがありますからね。意外と動きやすさを重視した服を買っていかないとあまり着てもらえません。お菓子も好きですが、チョコレートケーキやチョコレートアイスのようなチョコレートを使ったお菓子が好きですね。後はアクセアリーだと髪飾りが好きなようですね。ですがいつも着けているリボンの髪飾りがあるので新しく買ってもそれに勝るものはないようです。後は」


「も、もう大丈夫です。大体分かりましたから」



 スキウルスが引き攣った顔でオービスの話を遮る。甘ったるい顔で語られる細かな好みの情報を聞き続けるというのは、妙にくすぐったく、聞いてはいけないことを聞いているかのような感覚に陥る。



「そうですか?」



 オービスは語り足りないと言わんばかりに眉を下げる。しょんぼりした様子にスキウルスは慌てた。



「と、とりあえず、明日は城下を巡りましょう」


「はい。分かりました。あの、スキウルス様はよく城下へ行かれるのですか?」



 オービスの言葉にスキウルスはちらりとカニスを見た。カニスはその視線にすぐに気が付いて、首を傾げた。



「まさか、私が気が付いていないとでも思っていましたか?」



 スキウルスはその言葉に背筋が凍るような気がした。オービスも二人の様子を交互に見ながら焦ったように唇を戦慄かせる。



「あ、えと」


「大丈夫です、領主様。スキウルス様の奇行にも私とレオはきちんと警護をしていましたから」



 にっこりと笑うその笑顔が恐ろしい。オービスとスキウルスは、思わずゴクゴクと紅茶を飲み干した。


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