ソーマとカメラ

キューイ

ちょっとカットしたところ

 今回の算数のテストはいつもより点数が低かった。らいと君にも、しんすけにさえ揶揄われたくらいだ。


「ソーマ、お前マジかよ」


 彼らにそう言われ、テスト返却の時に先生にも励まされた。まぁ、次はなんとかなるだろう。もしかしたら次のテストは簡単なものかも知れない。期待だ。


 家に帰った後、ランドセルの中から連絡帳を出したけど、テストは出す気にはなれなかった。ママはぶっちゃけテストの日程とか把握してないからバレはしない。


 連絡帳をテーブルの上に置いておく。僕はすぐに階段を上がって自分の部屋に向かった。宿題をやらなくてはいけないことを忘れたわけじゃない。でも僕の手は充電中のスマホにのびた。


 パッとは口にだせないけど、指に馴染んだパスワードを打ち込んで、ショート動画を見て、笑って、指を上に滑らす。スマホ画面が擦り切れてしまうほどにスワイプし続けた。


 気がついたら帰ってきてから一時間半も経っている。宿題をそろそろやらねばならやい。薄いカーテンからさしこむ光がみかんの色になってからやろう。そう考えながら僕はスワイプを続ける。


 部屋が橙色になったころ、少し頭が重かった。夜更かししたときのような感覚だ。電気をそろそろつけるべきかなと思った時、足元から声が聞こえた。


「あのー、すみません。宿題をやってくれませんか」


 目ん玉が飛び出そうになった。耳に一度手を当ててみる。イヤホンはつけてない。じゃあさっきの声はなんだろうか。


 キョロキョロと部屋を見渡す。カレンダーがあって、勉強机があって、ベッドがある。それだけだ。人はいない。それでも声は続いた。


「宿題をやっているところを見せてくれませんか」


「だ、だれ?」


 足元からの声は唸り声のような音を立てた。僕は足元に、自分の影に耳をすます。


 すると自分のうっすらとした影からニョキニョキと映えるように、灰色の女の子が現れた。彼女はカメラを持っている。僕は思わず尻餅をついて、校庭の池の鯉みたいに、口をぱくぱくさせた。


 女の子はカメラを指差して、僕の驚きをよそに怒った。


「ソウマさん!十年目の撮れ高少ないんです!一発目の配属先がこんなだとは思わなかったです!口出し厳禁だけど口出しちゃいましたよ!」


「な、な、な、な、なんのこと!?」


「スマホ買ってもらってから、そればっかり!ちょっとならいいけど!いいんですか?」


 驚きの感情の中に亀裂が走ったような気分だった。図星だったかもしれない。その亀裂の奥にちょっと後悔が見えたけど、それよりもまだ驚きの方が大きい。


「よ、よくはないけど……君には関係ないだろう」


「私の査定に響きます!評価シートも書いたんです!でも編集しようがないんですもん」


「さ、サテイ?何それ」

 

「ドラマチックに、楽しく、波あり!そんなふうに編集したいのです!でもここ一年がネックすぎます!」


「な、なんの編集をするのさ!」


「走馬灯!です!」


 聞いたことのある言葉だった。漫画とかで読んだことがある。


「あーあー、私の担当なのに!ソウマさんの十年目がうまく編集できないよぉぉ!」


 摩訶不思議だけど、なんで目の前の灰色の女の子が嘆いているのかはわかった。でも走馬灯なんて何十年も先の話だし、そもそもあるのかもわからない。それにこだわる彼女はもっとわからない。


 でも僕は意味不明な状況の中で、確かに拳を握っていた。


「で、でも宿題をやったって、スマホを見てたって、そんなドラマチックにはならないよ」


「宿題やって、成績上がって、褒められて!進展があるでしょー!よく知らないけども、スマホずっとやってても進展がないよぉー!画的に!」


 僕が困っていると、わんわんと騒ぐ女の子の足元から別の黒々とした腕が生えてきた。そして女の子の腰あたりを掴むと、黒い腕の持ち主が怒鳴った。


「コラァー!不干渉が大原則と研修の時言っただろう!」


 そのまま男の黒い手に引かれて、女の子は喚きながら影の中に再び溶けていった。


 夢でも見てきたのかもしれない。でも僕は不思議とちょっと頭に血がのぼっていた。幼稚園児がコップをらひっくり返してしまったのを見た時のような、お漏らしして泣いているのを見た時のような。そんな感覚。


「なんだよ。すっごい受け身なやつ!自分で何もしないで!」


 そう呟いた言葉は誰にも聞き届けられない。灰色の女の子はもういない。ただ自分だけが聞こえていた。


 髪の毛をくしゃくしゃにした。なんだかその場から駆け出したい気持ちになった。空気をぶん殴りたくもなった。胸がどこかに行きたがっているような。そわそわする。


 ちょっとスマホの方に視線を送ってから、大きくため息をついた。


 一階に降りると、ママが洗濯物のかごを運んでいた。僕はママにランドセルからテストを出して、見せた。ママが何かを言う前に、僕は切り出した。


「宿題やってくる。スマホ持っといて」


 宿題プリントのかっこ十番が終わった時、ふと女の子言った言葉を思い出した。


「撮ってるかな。いい映像にしてよ」


 次にこのシーンを思い出すとき、撮り直しはできないのだろうな。だから仕方ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソーマとカメラ キューイ @Yut2201Ag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ