報告するイッテツ


 イッテツはジャンを家まで送り届けてから、冒険者ギルドに戻ってきた。受付カウンターの前に立つと、セシリアではなく、エレノアが立っていた。担当の職員ではないが、問題ないと判断してそのまま報告することにした。



「依頼は中断してきた」



「え? ああ、そうなんだ?」



 エレノアは困惑を隠さなかった。イッテツは、彼女が自分を畏怖の対象として見ていることには気づいているが、その事実を気にすることはなかった。



「魔族に雇われた五人組に襲撃されてなあ、殺しておいた」



「え? ええと、もう一回……聞いても良い?」



「魔族に雇われた五人組がなあ、襲撃してきたんだよ。だから殺しておいた」



 イッテツは呑気な口調のまま、そう言って最後には欠伸をひとつした。



「(ど、どうしたらいいのよー!?)」



 エレノアは心の中で悲鳴をあげた。冒険者が血生臭い人々の集まりなのは、彼女も重々承知している。担当する冒険者にはほとんど荒くれ者みたいなのもいる。そのため、物騒な話にも慣れてはいるが、それとこれとはまた話が違った。



 自慢するわけでもなく、ただ当然のことをしたかのように語る盲目の冒険者。微かに鼻をつく鉄臭さ。元々、畏怖の対象として見ていた男からの物騒すぎる報告……エレノアの頭は情報の処理を拒絶しつつあった。



「(しかも魔族!? 先輩、助けてください!)」



 偶然だが、この場にいない頼りになる先輩のセシリアへ祈った。



「どうした。大丈夫か?」



 イッテツは、混乱した気配を発しているエレノアを純粋に心配して声をかけた。



「イッテツ。私が報告を聞く」



 ここにきて、セシリアの声が聞こえてきた。職員室から出てきた。エレノアは安堵の表情を浮かべる。



「詳しく聞かせて。少しは聞こえてた」



「ああ……わかった」



 ここでセシリアがエレノアへと目をむけた。イッテツには見えていない。



「それと、エレノア。あなたもここで報告を聞くこと。職員をやるなら、経験は積んでおくこと」



「え? あ……はい」



 エレノアは明らかにがっくしと肩を落とした。その気配だけはイッテツにも伝わった。



◇◇◇◇◇◇



 イッテツが詳細な報告をすると、セシリアは一呼吸の間をおいてから口を開いた。



「なるほど。その男の発言から魔族の関与を疑ったんだ」



「ああ、もちろん、別の可能性もあるが……俺は魔族だと思うね」



「そうね……最悪を想定しておくのは大事。それに、私もそう感じる」



 二人は受付カウンターで堂々と話をしていた。当然、その話は盗み聞きする気がなくとも、聞こえる者には聞こえてしまう。ギルド内がにわかにざわつくのも仕方のないことだった。



「あのー……その話、ここでして良かったんです?」



 エレノアが金の髪を指先でいじりながら、セシリアに問う。



「良いよ。どうせ、すぐ露見する」



 セシリアは堂々としていた。イッテツにもざわつきは伝わっていた。



「その意見には俺も同意だが……別室案件だった気もしなくはねえな」



 イッテツは顎に手をやって、どこか諦観を思わせる笑みを浮かべた。



 別室案件とは、重要な話や報告をする際に個室に移動させられるので、そういう通称で冒険者たちに呼ばれている。



「まあ、後はあんたらに任せるよお……俺は疲れたからさあ」



 イッテツはそう言って、有無も言わさない態度で踵を返した。セシリアが一瞬、呼び止める気配を発していたが、実際に行動に移すことはなかった。



 酒場の定位置へと去ったイッテツをセシリアは目を細めて見つめていた。そんな彼女を見て、エレノアが不安げな目をしていた。



「どうするの? これ、ギルド長に報告しないと不味いですよね」



 エレノアが言った。



 ギルドと雇用関係にある人物への襲撃、それだけでも十分な大事である。そこに魔族の関与が疑われるのであれば、尚更、事は大きくなる。



 イッテツ当人は呑気にしているが、それだけ大事なのだ。現場の人間だけで判断するのは愚策だった。



「そうだね。しかも、明らかにイッテツを標的にしてる。たぶん、彼の特異性に気づいている。魔族の手の者が、町に侵入したと考えるべき」



 セシリアは、険しい表情を浮かべるが、すぐに澄ました表情を浮かべた。この冷静になるまでの速度は、彼女がギルド職員になって得た技術の一つだった。



「私がギルド長に報告しておく。ここはあなたに任せる」



「はーい」



 セシリアの指示にエレノアが軽く応じた。普段の調子をエレノアも取り戻していた。



 イッテツはそんな二人のやりとりを、酒場の席からしっかりと聞いていた。ギルドと酒場は空間として繋がっている。だが、距離もあるしそれなりに雑音もあるが、イッテツの感覚は正確に聞くことができた。



「(嫌な流れだ……まさか、目をつけられてたとはなあ)」



 イッテツはサイコロを三つ取り出すと、テーブルの上に無造作に転がした。



「五、五……三」



 十を超えた。これが賭けなら、イッテツの負けである。先に十を超えたら負けという賭けが、この土地の一般的な賭けなのだ。



 イッテツはそれ以上、サイコロに触る気にはならず、腰袋にサイコロを押し込んだ。すると、お馴染みの夕食を黙々と腹の中へ詰め込んだ。



 食事を終えて、葡萄酒をたらふく呷り、うつらうつらとしているイッテツに近づく二人がいた。エラリアとリヴェリアのパーティだ。イッテツもすぐに二人へ気づいた。微かに顔を上げると耳を傾けていた。



「こんばんは。イッテツ」



 エラリアの透き通る声が言った。



「ああ、こんばんは、エルフさん」



 イッテツは口だけを動かした。



「魔族にあなたが狙われてると聞きました。見た所、本当に無事のようですけど……」



「ああ、無傷だよ。魔族が直接、攻撃してきたわけじゃねえからなあ。運が良かったよ」



「……あんたを襲った五人組だが、元は中級の冒険者たちだった」



 リヴェリアの言葉にイッテツは一瞬、眉をひそめたがすぐに表情は戻る。



「へえ、よく身元がわかったねえ」



「遺留品からそう判断したらしい。数年前から盗賊に成り果てたって話だ」



「そうかあ、でも、なんだってそんな話を、おめえさんらが俺にするんだ?」



 イッテツは疑問に思ったことを口にした。セシリアなどの職員が今の情報を渡してくるのであれば納得がいく。だが、彼女たちはこの町の一員ですらない。明らかな部外者だ。



「実は、ジョシュアギルド長の依頼で、あなたと一緒に魔族について、捜索してほしいと頼まれたんです。その時に色々と教えてもらったので、口頭で伝えに来ました」



 イッテツは「へえ」と興味なさげに呟きつつも、内心では「奇妙な流れになった」と微妙な気分にさせられていた。



 ジョシュアも忙しいのはわかるが、せめて担当職員を通じて依頼を持ってきて欲しいものだ。



「しかし、俺みたいなのが一緒だと大変だろうに。断ってきてやろうか?」



 しかし、二人の反応は否定的であった。



「あたしは構わない。腕は確かみたいだしな」



「私もです。それに魔族に狙われてるあなたを放置するのは心苦しい」



 イッテツは「そうか」と言い、乾いた笑い声をあげた。



 普段から単独行動をしてきたイッテツとしては、パーティ行動はあまり経験がない。色々と不安はあったが、相手は上級冒険者でエルフとドワーフだ。自分よりも長く生きているのは間違いない。ある程度は何とかしてくれるだろう。



 ただ、今まで能力と意思で孤独を維持してきたイッテツの胸中は、なんとも言えないモヤがかかった心模様だった。

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