森。襲撃。



 イッテツは港町ポート・クラッグから程近い森の中へ、依頼主と一緒にやってきていた。依頼主は薬師の男性で、薬草の採取へ行くのに護衛を欲していた。



「今日も俺を指名してくれて悪いねぇ」



 イッテツはそう礼を口にした。他の冒険者もいる中で、指名依頼を出してくれる顧客は貴重である。実際、そういう依頼が来るのは中級か上級冒険者が多く、イッテツのような低級の冒険者を指名して依頼する者は珍しいのだ。



「君なら腕も確かだし、それに安い」



 薬師の男、ジャンはそう言って笑う。ジャンは幼さがまだ残る青年で、独り立ちして間もない薬師だった。イッテツが知る限り、客からの評判は良い。まだまだ伸びしろを感じさせる男だ。



「俺だけだと、守れない時もあるってのを忘れるなよ。所詮、一人の人間なんだぜ」



 イッテツは自分よりも若いジャンへ、忠告もかねて言った。



 イッテツは自分がその辺の冒険者より腕が立つと自負している。しかし、だからといって全ての危険から守れるわけではない。一人の人間ができることは限られるし、獣や魔物が群れをなして襲ってきたら流石に守り通せる自信はイッテツにはなかった。



 ジャンはどうもそのあたりへの認識が甘いらしく、イッテツに過剰な信頼を置いている。そもそも、護衛の役目は脅威と戦うことではなく、脅威が近づくのを躊躇する牽制や威嚇が目的だ。



「今のところ、君は全ての脅威を追いやってくれてるじゃないか」



「……今までは運が良かっただけだ。それに魔王軍が活動してるんだぜ。脅威の質ってのが変わってきてるのさ」



 ジャンの言葉にイッテツはそうこたえるが、楽観的な彼にどれだけ今の言葉が響いたのかは未知数だった。



「まあ、覚えておくよ」



 ジャンの返事はイッテツの予想通り、どこか楽観的な雰囲気があった。イッテツは小さくため息をついた。



 どうしても、危機感が薄い気質をもった人間というのもいる。こればかりは生来のもので、他者がどうにかできる問題ではない。それに、そこまでお節介を焼いてやる理由もイッテツにはなかった。



あくまで雇用主と雇用者の関係でしかないのだ。深入りしたところで徒労に終わるのが目に見えている。今の忠告が限度だろう。



 ジャンを先頭に森の奥へと入っていく。草木の香りが鼻を通り、この大地の豊かさをイッテツに教えてくれる。動物たちがいた残り香も感じる。おそらくは、ずっと前にここにいたのだろう。自分たちが来るよりもずっと前に、どこかへ行ったらしい。



「……ん?」



「イッテツ? どうした?」



 イッテツは背後へと耳を傾けた。ジャンが不思議そうに首を傾げた。



「ちょっと隠れてろ」



 イッテツは静かにジャンへと告げた。ジャンは先程までの楽観的な態度はどこへやら、慌てて身を潜めた。



「お……?」



 しばらくして、間の抜けた声と一緒に複数の気配が近くまでやってきた。数は、五人。友好的な人間の気配ではなかった。どこか荒れた気配がある。



「おめえさんら、こんな森の中へ用事か?」



 イッテツは、剣の柄に手をかけると五人組へ質問した。五人組の嘲笑う気配が漂う。



「へへ、悪いがこたえられないな。お前を殺せば、金貨十枚。相当、恨まれてるんだなあ?」



「恨まれる覚えはあるが、思い当たる人物が多くてなあ……」



 イッテツはポリポリと頬を掻いてみせた。無論、呑気に話しているのはわざとである。



「(誰かに雇われたよそもんか……情報が欲しいねえ……)」



 五人組はイッテツに一切、警戒心を見せる素振りがない。完全に甘く見積もっている雰囲気だった。もしも、イッテツのことをしっかり知る者が雇ったのであれば、もっと警戒するように事前に忠告してからここへ送り込んでいるはずだ。



 あるいは、わざと情報を与えなかったのかもしれない。



 イッテツが標的にも関わらず、五人組は彼の実力をよくわかっていない態度だった。



「へっ、女には気をつけるこったな。まあ、今更遅い───え?」



 男の声がそこまで告げると、困惑の声に変わった。



「なるほどお」



 イッテツの剣は抜かれていた。先頭で得意げに話していた男の首が、ごとりと地面へ転がる。血が舞い、残りの四人の顔から傲慢な笑みが消え失せた。



「もう、用は無い」



 風が吹いた。剣。腕と首が飛んだ。残り、三人。剣を抜こうとする気配。二人、すれ違う。くるりとイッテツは剣を回し、こびりついた血肉を振り落とした。胴体を斬りさかれた二人が、崩れる。



「ま、まってくれ! まって!」



 剣を手に震える男が腰を抜かして、地べたに尻もちをつく気配があった。



「…………」



 黙ってイッテツは耳だけを男へ傾けていた。



「女だ! 赤毛の……血みたいに赤い髪の女貴族だ!」



 男が悲鳴にも似た声で叫んだ。イッテツの表情には変化らしいものはない。口が開く。



「ああ、だろうな。それぐらいしか思い当たる節がねえ」



「───あ……」



「死にな」



 剣で一瞬で斬り、男の命を絶った。外套で血と脂を拭う。



「ジャン、終わったぞお」



 イッテツは何事もなかったような口調で言った。少しするとジャンが恐る恐る出てくる気配がした。



「どうやら、お前にはとんだ迷惑をかけたみたいだ。今日は切り上げて良いか?」



 イッテツは言った。



「……ああ、だが相変わらず、凄腕だな……こいつらも運が無いというか」



 ジャンが緊張した声で言った。



「ああ、こうなりたくなかったら、楽観的な考えは捨てるんだな」



 イッテツはそう言って、くつくつと笑った。ジャンの表情が引きつるのが、見えないイッテツにも手にとるようにわかった。

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