薊 その2
薊に劉秀が入城した時、年が明けて更始二年となっていた。薊に入城するや、耿弇は既に上谷の耿況に書を送っていれば、劉秀、漁陽の彭寵に書を送って
劉秀、朱浮にきつく言えないのは、朱浮の父、
しかし既に、薊にも王郎の
既に劉秀の
彭寵然りと思えども、官僚の王郎に附きましょうと云う声を
呉漢、城外の宿に至り、
呉漢曰く「
儒生答えて曰く「
呉漢、問いて曰く「劉公とは、大司馬
儒生答えて曰く「左様」
呉漢更に問いて曰く「汝は劉公の噂を知るか」
儒生答えて曰く「劉公の過ぎる所、郡県が
呉漢、
儒生、目を上に向け呉漢の目に合わせて笑って曰く「我、嘗て邯鄲に学びし時、
呉漢、ふむうと
儒生、呉漢の計を見抜くが、にこりと笑い、答えて曰く「一飯の恩義、太守に我が聞いたことを伝えるので返せるのであれば、即座に」
即ち儒生、彭寵に至って檄を渡し、見聞きするところを
薊の劉秀、邯鄲はおろか、北部近郡の漁陽・上谷での動きを知らず、王郎の兵が来ると聞き、南に逃げるべきかと衆を集めて
耿弇、前に出て曰く「今、邯鄲の兵、南から来たれば、南に行くべからず。漁陽太守彭寵は公の同郷南陽の人にして、上谷太守は我の父なり。この両郡の
劉秀の官属・腹心
しかし劉秀、しばし黙りこくって後、静かに耿弇を指差して曰く「この者、我が北方の案内人なり」
劉秀の決断で一行は北を選び、評定は終わる。耿弇は自分の宿舎に戻り、劉秀は
劉秀、
そこで
銚期の
銚期、天子の「お成り」と叫んで道を開き、南門に行き着くに及んで、門既に閉じたるも、これを攻めて開けさせる。劉秀の一行、危機一髪のところを南へ道を開く、しかし、そこは本来帰る筈でなかった南であった。この段になれば、再度北へ行こうと説くのは無理と、劉秀は南に進もうと一行に伝える。
騒乱のため耿弇は、劉秀と
徒で昌平に至った耿弇、我が目を疑った。太守耿況、既に耿弇の書を受け取って昌平に至るにも拘わらず、王郎の将が来たれば、急ぎたてられて王郎のために兵を発していたのである。耿弇、耿況に
また寇恂、属官の
耿況返して曰く「とはいえ、邯鄲まさに盛んにして、郡の力、独り防ぐこと能わず」
寇恂、答えて曰く「今、上谷は充実し弓を射る騎兵は万を越える故、大郡の総出を挙げて以て明確に
耿況、然りと、寇恂を漁陽に
男は、地図を見詰めて考える。声を出して曰く「この時、北に向かえば、或いは評定の後すぐさま行動して居れば、或いは、元関内侯を関内侯としていれば」
男は、にこりと笑むと曰く「天命があるとすれば、これだけの
男は筆の柄を地図の薊に当て、南へ僅かに西に傾いで引く。その筆を返して、いつもの竹簡に二文字を書き足す。
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