第2話

「ご、ご主人様……? あの、どうかなさいましたか?」


 腕の中で俺が完全に固まっているのを、少女が不思議そうに見上げてくる。その潤んだ青い瞳は、生まれたての雛鳥が親を見るような、純粋な信頼に満ちていた。

(近い近い近い! 柔らかい感触が腕にダイレクトに伝わってきて、理性が蒸発しそうだ!)


 半透明の服のせいで、彼女の肌のぬくもりまで感じられる気がする。俺は必死に邪な考えを振り払い、なんとか言葉を絞り出した。

「い、いや……何でもない。それより、お前……名前はなんて言うんだ?」

「なまえ……ですか?」


 少女はこてん、と首をかしげた。その仕草が、小動物のようでとんでもなく可愛い。

「わたくしは、スライムです。名前は、ありませんでした」

「そ、そうか。なかったのか……」

(スライムに名前なんて普通ないよな。でも、この子を『おい、スライム』なんて呼ぶのはあまりにも無粋すぎる……!)


 俺は腕を組んで、うーんと唸った。

「よし、じゃあ俺が名前を付けてやる」

「! はいっ、ご主人様!」

 少女の顔が、ぱあっと明るくなる。尻尾があったら、ちぎれんばかりに振っているに違いない。その期待に満ちた眼差しに、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。


「そうだな……お前は、空みたいに綺麗な青色だから……『ソラ』っていうのはどうだ?」

「ソラ……」

 少女は自分の名前を、宝物のように小さく口の中で転がした。

「ソラ……です。わたくしの、名前……!」


 次の瞬間、ソラは感極まったように、さらに強く俺に抱き着いてきた。

「ありがとうございます、ご主人様! わたくしの、初めての……!」

「うおっ!? わ、分かった、分かったから! もう少しだけ力を緩めてくれ!」

 彼女の体はスライムだからか、見た目以上に柔軟で、そして強い力で俺の体に密着してくる。甘い匂いと柔らかな感触に、俺の心臓は限界まで鳴り響いていた。

(まずい、これは本当にまずい……!理性とかそういうレベルの話じゃない!俺は健全な男なんだぞ!)


 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、ソラに一番聞きたかったことを尋ねた。

「なあ、ソラ。お前、何かできることってあるのか? 例えば、魔物と戦う力とか……」

 俺がそう言うと、ソラはきょとんとした顔で俺を見た。

「たたかう……ですか?」

「ああ。この森には、他の魔物もいるだろうし……」


 正直、あまり期待はしていなかった。彼女は元々、最下級のスライムだ。人型になれただけでも奇跡みたいなものだろう。

 するとソラは、俺から少しだけ離れ、小さな右手を前に突き出した。

「ご主人様をお守りするためなら。……えいっ」


 可愛らしい掛け声と共に、ソラの手のひらから水の塊が放たれた。それは野球ボールくらいの大きさだったが、凄まじい勢いで飛び、少し離れた大木に命中した。


――ドゴォォォンッ!!


 耳をつんざくような轟音。

 俺が呆然と見つめる先で、大木は幹の真ん中からへし折れ、ゆっくりと倒れていった。

「…………は?」


 俺は自分の目を疑った。あの威力は、パーティの魔法使いだったルナが放つ中級魔法、『ウォーターバレット』に匹敵する……いや、それ以上だ。

「……今の、ソラがやったのか?」

「はい。ご主人様をお守りするためなら、このくらいは」

.ソラは「えっへん」とでも言うように、ほとんど隠せていない胸を張った。その無防備な姿に、俺はゴクリと喉を鳴らす。


(マジかよ……この子、とんでもなく強いぞ……)

 外れスキルだと思っていた【魅了】。

 そのスキルで仲間になった、元最弱のスライム。

 その彼女が、Sランクパーティの魔法使い並みの力を持っている。


「ご主人様、どうかなさいましたか? ほっぺが、赤いです」

「な、なんでもない! ちょっと夜風が涼しいだけだ!」

 俺は慌てて顔を背ける。

 追放された絶望は、もうどこにもなかった。代わりに、とんでもない力を手に入れてしまったという興奮と、目の前の美少女に対する欲望で、頭がどうにかなりそうだ

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