第12話 主婦、港町にたどり着く



ルミナに先導されるまま、私はひたすら歩かされていた。

森を抜け、岩場を越え、山道というよりもはや「ヤギの通学路」みたいな急坂を息も絶え絶えに登り切ったそのとき。


「――見えてきました!」


ルミナが両手を広げて叫んだ。

私はぜいぜい息を切らせながら、彼女の指差す方へ顔を上げる。


……そこに広がっていたのは、思わず目を見開いてしまうほどの絶景だった。


眼下には、陽光を反射してきらめく紺碧の海。その懐に抱かれるようにして、半島の突端に寄り添う街があった。

白い壁と青い屋根を持つ家々が丘陵に沿って段々畑みたいに並び、中央には広場らしき円形の空間。そこから放射状に石畳の道が伸び、波止場へと続いている。


港には大小さまざまな船が揺れ、マストに吊るされた帆布が風をはらんでぱたぱたとはためいている。その姿はまるで街全体が「出発の合図」を待っているかのようだった。


遠くからでも聞こえてくるのは、商人たちの掛け声、鐘の音、そして海鳥の甲高い鳴き声。潮風に混じって、焼いた魚や香辛料の香りが丘の上までほんのり漂ってくる。


「……すご」


気づけば、ぽつりと声が漏れていた。

この世界に来てから、ずっと「未知への恐怖」で胃がキリキリしていたのに…。

目の前に広がる街並みは、恐怖よりも“憧れ”を先に呼び起こす。


私の知っているどの観光地とも違う。だけど、不思議な懐かしさがあった。

旅行パンフレットで見た地中海沿岸の町並み。いや、むしろ学生時代に夢中でやっていたRPGのオープニングに流れていた、あの“理想化された港町”に限りなく近い。


ルミナは胸を張って、くるりと宙返りした。


「ここが――リヴェルシアです!」


「……いやいや、言い方が完全にテーマパークの案内人なんだけど」


「えへへ! だって、そういう場所ですから!」


確かに彼女の言う通りだった。港からは大陸中の船が集まり、人々が交差し、商売が成立する。街全体が、海と陸を結ぶ巨大なステージのように見える。


海風に押されて潮の香りが一層強くなる。私はふいに、腹の虫が鳴きそうになるのを必死にこらえた。

焼き魚の香り、パンを焼く香ばしい匂い、そしてルミナが推していた「甘いお菓子」の気配……。あれ全部、街まで降りれば味わえちゃうんだろうか。


「どうですか? ね、素敵でしょう?」


ルミナが得意げに見上げてくる。

私は返事に迷った。心の半分はすでに「観光モード」に傾いている。けれど、理性はまだ「いやいや帰る方法を探すのが最優先だから!」と叫んでいる。


「……まあ、悪くないかな」


つい曖昧な返答をしてしまった。


「ふふーん、素直じゃありませんね!」


ルミナがくるくる舞いながら、私の前に回り込む。

その表情は「観光地を初めて見た修学旅行生をからかうベテラン引率教員」のようだった。


「でもね、サナさん。ここで大事なのは“街並みが綺麗”ってことじゃありません。リヴェルシアは、人と物が交わる場所なんです。つまり――情報も集まります」


「……情報?」


「そうです! あなたを元の世界に帰す方法も、きっと探せます!」


そう言われると、胸の奥が少し軽くなった。

ただ、同時に「お菓子に釣られて来ちゃっただけ」みたいな後ろめたさもついてくる。


私は丘の上に腰を下ろし、しばしリヴェルシアを見下ろした。

海は陽光を浴びて銀色に輝き、白い波が港の外壁に砕け散っている。港の先には、遠く水平線にかすむ別の船影。あそこからもまた誰かがこの街にやってくるのだろう。


……不思議だ。

初めて見る街なのに、胸の奥にじんわりと「帰ってきた」ような感覚がある。

もしかすると、私の中にある“ゲームの記憶”が補正をかけているのかもしれない。だけどそれだけじゃない気がした。


大きな斧を背負った自分が、この街にどう映るのか。

異世界の住人として受け入れられるのか、それとも厄介者として追い出されるのか。


……それでも、一歩踏み出すしかない。


ルミナが隣でくるんと回転し、にぱっと笑った。


「サナさん。ここからが冒険の本当の始まりですよ!」


その笑顔に、私は思わず肩の力を抜いた。

不安もある。期待もある。だけど、確かに胸は高鳴っている。


丘の上から見下ろすリヴェルシアの街並みは、まるで未来の可能性そのものだった。

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僧侶とは。 〜ステータス作成で筋力全振りにしてしまった私。僧侶なのにバトルアックスがメイン武器で困ってます〜 じゃがマヨ @4963251

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