第18話 状況(2)
「さて、現状を如何に突破すべきかしらね?」
数日前、上司のセミョーノフのに状況を説明されたヨシエのデスクに、日本を中心とする状況の説明を為す資料が廻って来た。そこには、
「米軍、上海に原爆装備の爆撃機を配置の可能性」
とあった。
「いよいよ、大日本帝国が追い詰められる状況になって来たね」
ヨシエは思った。
「何と言ったら良いのか・・・・・」
大日本帝国に核攻撃が為されれば、その都市、目標等は壊滅するであろう。以前に記録映像で見せられたショックが現実になるのである。
都市等の一撃壊滅といった重傷を負わされた大日本帝国は、いよいよ、窮地に追い詰められるだろう。
<大日本帝国>
或いは、もっと正確には、大日本帝国の「上部構造」(政治権力)の中心たる
<帝都・東京>
は、大混乱に陥り、大東亜共栄圏の中心部としても、機能麻痺に陥るかもしれない。
実際の投下候補予定地としては、
・ 大阪、神戸、京都等の近畿圏
・ 八幡等の北九州諸地域
・ それ以外の軍事的、工業的な拠点
そして、さらには
・ 帝都・東京
等が、候補に挙がっているらしい、とのことであった。
資料には、さらに、以下のように書かれていた。
「但し、 以上の中で、帝都・東京に直接、核攻撃がなされる可能性は、現時点では、低いと思われる。
天皇を中心とした帝国政府が、東京への直接の核攻撃によって、天皇もろとも、爆死、壊滅した場合、権力の空白という極めて、大きな混乱が予測される。その際、我々、ソ連邦の同盟国に当たる日本人民共和国軍が、場合によっては、その混乱に乗じて、南侵を開始し、南北日本を統一した統一人民共和国の成立を懸念している、というのが、米国の本音と思われる」。
それは」、そうであろう。CIA工作員・ジョンポウロ=クロカワの不審死によって、現時点では、頓挫状態にあるものの、米国には、資本主義圏の盟主として、極東に親米、反ソの拠点を有すべく、大日本帝国軍の一部青年将校をも巻き込む形で、
<新・大日本帝国>
を構築する企図が有った。
既に、欧州方面では、東西冷戦が具体化している昨今、米国は、ソ連に対し、極東においても、反共の橋頭堡を築く必要に迫られていると言えた。
しかし、それは、(新)大日本帝国軍の最終的中枢と言うべき、
<天皇(制)>
の存在が絶対不可欠の条件である。天皇(制)がなければ、大日本帝国軍の親米クーデターへの協力は得られないであろう。加えて、
<北>
と同じく新体制が共和国となった場合、<北>と何の違いがあるのか、という根本的疑義も湧きかねない。故に、米国としては、
<絶対不可欠>
の条件を自ら失うわけにはいかないはずである。
ヨシエは、資料の内容を自身の頭の中で整理しつつ、資料をさらに読み進めた。
「故に、米軍による攻撃目標と考えられるものは、東京以外の各地方都市と思われるものの、中でも、可能性が高いと思われるのが、北九州地域である」
何故か?資料はさらに続けていた。
「北九州地域は、明治以降、日本の近代化を担い、又、今日、残存している<大東亜共栄圏>と日本本土を繋ぐ要衝だからである。
北九州には八幡製鉄所-今日、どうにか稼働している数少ない内地の重工業施設の1つである-が存在し、その意味でも、内地-大東亜共栄圏を繋ぐ拠点である。北九州の壊滅は、天皇(制)を残しつつ、効果的に大日本帝国の戦争継続能力を挫く効果が期待できると考えられる」
資料を読み込んだヨシエは、さらに、頭の中を整理しつつ、呟いた。
「そして、東京の天皇制政府に、米国等、資本主義陣営への妥協と和睦を持ちかける。つまり、混乱の中、<北>によって侵攻されて。天皇(制)そのものが壊滅して、体制そのものが消滅して良いのか、と」
故に、嫌なら、米国を中心とする資本主義圏との交渉のテーブルにつき、米国の提案する講和条件を呑め、ということなのであろう。
このことは、自身のかつての体験からも容易に想像できることだった。
女学校時代、
<日々の生活の中の天皇(制)>
と言うべき、
<御真影>
を丁寧に扱わねばならず、扱いを間違えれば、体罰を含む厳しい制裁があったことを記憶しているからである。
まして、大日本帝国軍は、
<皇軍>
の名の通り、
<天皇(制)>
をイデオロギーとして体現する存在である。つまり、ヨシエの女学校時代以上に、この思想で凝り固まっている存在のはずである。
ヨシエは、さらに、資料を読み進めた。
「北九州方面は、朝鮮独立が達成された今日なお、博釜連絡船によって、博多(日本)-釜山(朝鮮)が連絡されており、又、朝鮮人民共和国が中立地帯であり、又、大陸と島国たる日本-今日では、<南>こと大日本帝国に限定されているものの-つなぐ架け橋となっていることから、日朝両国間のある種の交流に紛れた中ソ両国のスパイによる偵察、情報収集のための不可欠な経路となっている。
既に、かつての大日本帝国の勢力は排除されていることからも-無論、それでも、大日本帝国のスパイ等は存在するであろうものの-、同半島は、中ソ両国にとっての、大日本帝国の情報を獲得する最大のルートである。
こうした条件によって、中ソ両国は極東地区では、情報戦に関しては、米国よりは、優位にあると考えられる」
無論、米国CIAも、極東地区にスパイを侵入させているであろう。先のクロカワがその具体例であり、クロカワ達を通した新・大日本帝国の構想も然りである。
しかし、東南アジア方面からの侵入は、日本軍占領地帯を通らなければならず、欧州方面からでは、ソ連領を通過するため、彼等にとっては、困難も多いであろう。
「故に、北九州等の壊滅、場合によっては閉鎖は、中ソ両国の情報収集の妨害という意味でも、米国を利すると思われる」
と続いていた。
ちなみに、上海配備の爆撃機については、4発の大型爆撃機であり、中華民国時代に、蒋介石を支援していた援蒋ルート等を、部品を分解しつつ、運び込まれたものとのことであった。勿論、大日本帝国側のスパイに勘付かれないように配慮しつつ、とのことであった。
「同志セミョーノフ大佐は、どのように考えているかしらね?」
ヨシエは、さらに自身の頭の中の整理を進めた。
「大日本帝国が壊滅すれば、東南アジアの<大東亜共栄圏>は、ほぼ確実に崩壊して行く。権力の空白が生まれ、各地で反日活動をして来たゲリラやパルチザンが、あちこちで蜂起するに違いない。そんな中で、毛沢東の中国は、そうした反日勢力を支援し、中国の勢力拡大に努めるだろう。それは、ソ連にとっては、新たな脅威。故に、中国に対抗するためには、予め、ソ連側の工作員を潜入させ、親ソ勢力を育成しておく必要があるね。勿論、KGBの東南アジア担当部署は既にそのように動いているはず」。
親ソ勢力の育成と、それらによる政権奪取ができれば、ソ連にとって、極めて良いシナリオである。広大な領土を有する大国・中国のチトー化も懸念される昨今、重要なシナリオと言えた。
他方、そうした状況を踏まえて、仮に、極東にて米国が大日本帝国を新米政権に改造するとしたら、どんな政権になるのか?
ヨシエは情報将校らしく、シミュレーションしてみた。
① 既存の「上部構造」(政治権力)を支えている財閥、地主といった支配者たる有産階級を維持した形での天皇制国家
② 国家がいただく天皇(制)そのものを擁護するため、財閥、地主制、或いは、家
制度等の(女性)差別制度の解体による新体制の構築
いずれの可能性もありうるであろう。
「さて、どうなりますか」
資料を一通り読んだヨシエは呟いた。
「同志少佐、そろそろ、お昼です。食堂に行きませんか」
ナターシャが呼び掛けて来た。
「そうね、もうお昼になっていたね。昼食にしましょう、同志大尉」
ヨシエは返答すると、ヨシエはデスクを立った。
とにかく、いよいよ、大日本帝国へ、現状のままでは立ち行かず、いよいよ、追い詰められていることは明らかだった。
ナターシャと共に廊下を歩きつつ、ヨシエは思った。
「私が大日本帝国を捨てた時点で、あの国は苦しかった。庶民はいよいよ、苦しい日々だろうね」。
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