第25話

そのうち1体が勢いよく矢を投げる。

ちょうどその正面には門野が立っていた。


「晴道さま!」


人間である門野を庇うように女が手を伸ばした。

門野と女はバランスを崩して倒れ込むような形になり寸前のところで弓は当たらずに済んだ。


「お主…何故人間ごときの味方をする!!」


怒りで我を忘れている山神は鬼のような形相でギロりと女を睨んだ。


「許せないのだ…我をこんな姿にした人間どもを。人間はのうのうと今も暮らしている。私を醜い姿にしてあんな扱いをしたあいつらを許せないのだ!」


そこで女が口を挟む。


「貴女が許せないと憎んでいる人間たちは誰1人ここにいないのですよ。貴女は今こうして何がしたいのですか」


「許せない…お前もあいつらも、全員、苦しんで命を終えれば良いのだ!!」


まるで阿修羅のような顔だった。

最初は自分をこんな目に合わせた人間たちを恨んでいたのかもしれないが、この数百年恨みを抱き続けてだんだんとわからなくなってしまったんだろうと門野は思った。今はもう恨みを恨み、怨念だけで山に根を張っているとも言える状態だった。


「何故我がこんな目に遭わないといけなかったのか…何故我にそんなことをしたのか…許すことはできぬ」


山に根を張り山神と呼ばれたけど神なんてものではない、本来は普通に生きていた人間だ。

今と時代が違うとは言え、誰かを守るために他の誰かが犠牲になることは決して許されることでは無いんだろう。門野は自分が今さっき安倍に言った言葉を頭の中で反芻する。

安倍にじりじりと近寄り耳打ちをした。


「封じるより、こうなったら祓った方がいいでしょうね。いっそのこと逝かせてあげた方が本人にとっては楽なのかもしれません」


「しかしあれを祓うとなれば相当な力が必要だしそれなりに結界で抑え込まないといけなくなる。晴道できるのか?」


「坂東さんもいますしそれは大丈夫です」


そう言うなり式の三月に安倍を離すよう命じ、2人は木陰に隠れていた。

その間に門野も大きな岩のある端の方へ移動する。

それに気付いた山神はまた手を叩き大きな音を響かせた。

分厚い雲の中で溜まった雷が落ちる寸前だった。


「人間どもめ…これで始末してやる」


「それはどうでしょうね」


門野はそう言うなり自分の髪を1本抜き、指で五芒星を描いて文言を唱える。


「日出れば影を見よ、別つべきは我の前」


一瞬で空に結界が張られる。

その瞬間がらっと世界の色が変わったように見えた。

坂東や他の式たちも術を行使し始め、何重にも結界が重なり濃い藍色が広がっている。


「そのような安易なもの破ってやるわ」


不敵な笑みを浮かべて山神が頭上の雨雲を動かそうとしている。しかし何度手を叩き命じようとも雷が落ちてくることはない。









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