第17話
うっ、と先に声を出したのは坂東の方だった。応えるように門野は横を見るが相変わらず闇があるだけ。試しに手を叩いてみるとホールにいるかのような音が反響した。
「門野、無事か?」
「えぇ大丈夫です。坂東さんは無傷ですか?」
「平気だ。こう暗いと何も見えないな」
坂東は脚に固いものが当たる感覚に気付いた。ポケットからケータイを取り出してボタンを押す。画面が点き時刻は0:00と表示されていた。
「ここ、あっちと現世の境い目だもんな。現実世界が関与するわけないか」
安倍の私室で見た時計は22時近くだったはずだが、現世の時間の流れは一切交わることがない。
そのままケータイを灯りにし、ぐるりとその場で一周回ってみる。しかし何もない場所で奥まで真っ暗な世界があるだけだった。
何もないな…と坂東が見るからに肩を落とす。
安倍さん、と暗闇に向かって門野は呼びかけた。
「私です、門野です。話は聞きました。貴方に力が無くなったとしても私がいます。貴方が全てを教えてくれたこの私がいます。どうにかしたいと思ってここまで来ました。どうか知ってること教えてもらえませんか?」
呼びかけには反応する気配は無い。やっぱりダメか…と思った瞬間、目の前にぼんやりとロウソクが浮かび上がりひとりでに火を灯した。ゆらゆらとそのロウソクは宙を動いている。波のように動いた先には1冊の書物があった。
「…よくこれを出せたな」
手掛かり無しだと思っていた坂東は驚いていた。
「ここ安倍さんの無意識な意識の世界の中なんだと思います。もしそうだとしたら直接呼びかければ応えてくれるんじゃないかと」
恐る恐る2人は空中に浮かぶ書物に近寄った。ぶ厚い表紙がついているそれは古びているようで見ただけでも年季が入っているのがわかる。門野はゆっくりと中を開いた。
「これもしかして安倍さんの手記か?」
「そうみたいですね。あの人の字だ」
どのページを捲ってもびっしりと安倍の文字で埋め尽くされている。今まで自分が担当した任務を全て書き綴っているのだとわかった。後悔や葛藤、その時肌で感じたことがありのままに書かれている。誰かのためと思って行動しても、別の誰かには最悪な結果になることがある。それは人を守るために犠牲になった者たちを見届けてきた安倍が門野に伝えて来たことだった。
1ページ1ページ壊れ物のように優しく捲った。あっ、と坂東が横で声を漏らす。そこで門野の手も止まった。
「これ例の山神の件じゃないか」
昨日坂東が門野に話した陰陽寮の役人吉野が任務に向かったことが書かれていた。この世との狭間で吉野は山神と必死に戦ったが、相手の力に飲み込まれて吉野は力つき病院へ搬送された。しかし意識はこの世との狭間に残されたままだと言う。
山神を封じない限り山一帯や麓だけではなく、主要な河川にまで影響が出始めて東北地方全域に水源不足や農作物が不作になると推論が書かれている。
そこで安倍自身の身を基盤とした結界を山全体に張り山神を封じようと考えた。
「でも今の安倍さんには封印出来るほどの結界が張れると思うか?」
「人はこの世の去り際に一瞬だけ向こうの世と繋がるんだそうです。彼女と契約して力を借りてることもあり安倍さんは自分の体を代償にあの世と繋がった瞬間、封印を施すつもりだったのかと思います」
「あと2日なんて言ったけどそんなに時間は無いみたいだな」
門野と坂東は時間制限が目の前に迫って来ていると痛感した。早く安倍の元に向かわなくては、と焦り始める門野。坂東が陣の解術をするため文言を読み上げたその時、また2人の目の前が暗闇に包まれた。
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