第18話

陣の解術を行い現世に戻って来た2人は明日現地に向かうこととなったが、すでに23時を過ぎていることもあって家主のいない安倍邸に一泊することにした。

坂東が浴室にいる間、門野と女は静まり返った和室にいた。あまりに静かで少しの風の音でも聞こえてきそうなほどだった。


「君はなんで婚姻関係なんてものに固執するの?」


辞めた身とは言え陰陽師と契約するのだから、命や陰陽師自身の身体を所望される方がよっぽど理解出来ると門野は思った。

女はまたいつものように口元を隠しふふ、と笑った。


「何故でしょうね、私にもわからないのです」


門野としても視える者として生まれ数々の妖者を見てきた。人とは違う生き物なんだからわかるはずも無いのか、と根本的に理解しは出来ないことを悟った。


「晴道さまもそのようなお顔をされるのですね」


女は微笑みを浮かべたままこちらを覗き込んだ。

質問の真意がわからず門野も視線を返す。


「いえ、不躾なことを申しまして失礼しました」


「別に私は怒ったわけじゃない。ただ君の言葉がわからなくて。どんな顔をしていた?」


「…晴道さまはお優しいのですね」


答えにならない返答をして女は窓から顔を出した。

月が反射するような艶のある髪に門野の目線が止まる。

人間とは違い数百年の時間を生きている妖者にとって月の出る夜は見慣れているのだろう。


「今までも月は何度も見てまいりました。でも何故か今日ここで見る月は特別なものに感じます」


不思議なこともあるものですねと女は言う。他人事のように彼女たちのような妖者にも風情はあるのかと考えていた。

無意識のうちに門野は問いかけていた。


「君は何て名前なの?」


女は一言だけ返す。


「私のような者に名などございません」


そうだったのか、と門野は立ち上がった。

そうしているうちに浴室からバタバタと足音が近付いてくるのがわかった。坂東が来ることに気付いた門野は伸ばそうとした右手をすぐに下ろす。


「明日山神の元にいるはずの安倍さんのところに行く。君も一緒に来てもらえないか?」


ただの一言に女はびっくりした顔を見せた。


「命じられることはあっても、問いかけられることなんてありませんでした。やはり晴道さまは変わり者なんですね」


「君たちのような存在に変わり者だなんて言われてもな…」


どう反応していいかわからず戸惑った。

門野自身も憎んでいないにしろ妖者相手に馴れ合うつもりは一切無い。それなのにどうして彼女には人のように接してしまうのか。


たまには一緒に寝よう、とその晩は何故か坂東と門野は布団を隣に並べることになった。言い出したのは坂東だ。


「人じゃないとは言え…男のいる部屋で寝るものじゃない。君は隣の部屋を使って」


その門野の提案で1つ隣の部屋にも布団を敷き、女はそこで一晩過ごすことになった。



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