第16話

「助け合う、ですか。人間とは不思議ですね」


立ち上がった女はゆっくりと窓辺に動く。

女が坂東相手に強張っていたふっと表情を緩めるのを感じた。

ずいぶん綺麗だな、と動く度に光るような髪の艶を門野は見ていた。


「では私は晴道さまのお役に立てればいいのですね。気にされているのは山神のことでしょうか?」


「自分も門野も安倍さんにとてもお世話になった。何としても助けたい、できることがあるならやる。お前が何か知ってるなら教えてほしい」


頑なだった坂東が口を挟む。

態度が変わるわけではないが使えるものを使いどうにかして安倍を助けたい、という気持ちなんだろうと門野は思った。

女は姿勢を正して2人を真っ直ぐ正面から見た。


「その女の山神はもはや悪鬼と化しています。私との契約が無くなろうとしている今、安倍さまには手に負えないのではないかと」


そこで門野はハッとした。今安倍は力のない状態で山神と対峙している、それは死に直結するのだと。

坂東は一瞬で青ざめる門野の変化を見過ごさなかった。


「門野、どういうことだ?」


「安倍さん前々から陰陽道の力が薄れてたようなんです。今考えると思い当たる節はいくつかありました。でも私は気付いてあげられなかった」


「それ本当なのか?」


門野の代わりに女が首を縦に振った。

思いがけない告白に坂東は言葉を失う。


「それで私の力を貸して差し上げるというのが私と安倍さまの契約でした」


誰よりも強力で優秀な陰陽頭が…と坂東の頭を駆け巡る。どうして誰にも相談しなかったんだろう、自分が頭だから言えなかったのかもしれない。頼れる人間が側にいたらそんな術に手を出さなかったかもしれない。

門野は坂東の肩を優しく叩いた。


「今思ってること私も一緒です。早く気付けば他に対処の方法があったはずだと後悔しました。でも時間は戻せないですから、まずは安倍さんの身の安全と山神の対処を考えていきましょう」


それを聞き坂東は気持ちを切り替えようと努めた。

よし!と手を叩く音が響く。


「そうだな、秋分まであと2日しかないから急ごう」


「坂東さん、絶対安倍さんを連れて帰りましょう。今は山神に関する情報が必要です。些細なことでも何でもいいので情報が欲しい。多分あの人ならここに置いているはずなんですが…」


そう言って手あたり次第に引き出しを開けて書き置きが無いか探し始めた。手分けしよう、と言い坂東も棚にしまっている書類の束をどさりと広げる。

その様子を見て女がすっと近づいて来た。


「晴道さま。実は安倍さまよりこちらを管理するよう任されておりました」


女は折り畳まれた紙を差し出す。

広げると人が1人座れるぐらいの大きさで中央には何かの陣が書かれていた。


「お探しのものはおそらくこの中にございます」


陣を指差して女は微笑んだ。

これで手掛かりに辿り着けるかもしれないと門野は希望を抱く。


「坂東さん陣の開術お願いできますか?」


はいはいと返事をした坂東と門野は広げられた紙の端に座り込み、門野は右腕を伸ばし陣の縁に手を置いた。

同時に坂東が指2本を口元に近づけて唱える。


「暗き淵を我の前に、開門を命ずる」


次の瞬間2人の目の前が文字通りの真っ暗な闇に包まれた。



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