第15話


また目の前が眩しく光り門野は思わず目を瞑る。

暗くなったと目を開けた途端、そこは坂東が待つ安倍の私室へと戻っていた。

だんだんと感覚が戻り自分がソファに座っていることに気付く。

隣には一緒に戻ったきた女も座っていた。

坂東は心配そうな顔で門野に駆け寄る。


「よかった無事で!!」


思いっきり力を込めて肩を叩く坂東。


「あれからどれぐらい経ちました?」


「1時間も経ってないぐらいだ。ちゃんと約束通り戻ってきたな」


ほら、と見せられたケータイは21:48と表示されていた。最後に見たのは21時前だったと門野は思い返す。


「で、そこの女妖はどうなった?」


坂東は隠す様子もなく門野の隣を睨みつけた。

女の方はただ無言で座っているだけ。


「彼女は水辺の付喪神らしく安倍さんと契約をしていたようで、その代わりに私が新しく契約をしました。彼女が代償として希望したのは私と婚姻関係を結ぶこと。契約結婚ですね」



そこで固まる坂東。

お互いに代償を支払うという意味では文字通り契約結婚ではある。妖や鬼と式として従える以外の契約をするなんて陰陽師としては前代未聞だ。


「お前何考えてるんだよ!!!!」


温厚な坂東からは普段想像できないような形相になり立ち上がった。


「契約解除じゃなくて何で自分が新たに契約…しかも婚姻?結婚!?妖相手にそんな契約するなんて一生、いやその後も成仏出来ずに囚われることになる」


「私はそのようなことは申しておりません」


きっぱり否定する女に対して坂東はそれはどうだかな、と含んだ返事をする。


「実際に入籍出来るわけじゃないし事実婚という形でも私の側にいることが契約執行ということらしいです。でも坂東さん、彼女には本当に悪意が視えないんですよ。それにこれも」


そう言って門野はポケットから白い紙を取り出した。四つ折りの紙を広げると中には細い髪の毛が1本、そして文字が血液で塗りつぶされていた。


「私が何もなくただ約束を取り付けると思いますか?」


本来は自身に災いが降りかからないように守る術の1つである。今回は契約外の災いが門野自身に来ないようある種の結界のようなものだった。


「もし彼女に約束を破られたとき、彼女に代償を払わせることは出来ないが私に害が及ぶのも防げます」


「やはり現世で1番と言われるだけのことはございます。抜け目がございませんね」


坂東はこれ見よがしに大きなため息と共にこめかみを抑えた。呆れて言葉も無い、と全身で訴えてくる様子だった。


「お前のことは後で考えるとして…安倍さんと山神の件は何一つ解決してないぞ」


その点は今のところ何一つとして成果が無い。

振り出しに戻ったというよりも一歩も進んでいないのだ。

そうだ…と門野は脱力感さえ感じた。


「私と晴道さまは婚姻同然の関係、ということですよね?人間は婚姻関係を結んだ相手とはどのように関わるのですか?」


はた、と動きを止めて女が問う。

じっと2人を見つめる女に坂東は無表情で返した。


「そんな人間の真似事なんかしてどうするつもりだ?」


「貴方には関係ないことです。これは晴道さまとのお約束ですから」


その場に重い空気が流れた。

自分がこうしてしまった以上は仕方ないと腹を括り門野は口を開く。


「生活を共にするのもあるけど、お互いが困った時は助ける。そうやって生きていくものだと思うよ」

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