第11話

「護符…か」


筆を見て門野の頭に引っかかるものがあった。

安倍が普段から使う護符は自分自身で全て書いていたの思い出した。

入って来た時には気にならなかったが、この部屋にも1枚護符が貼られている。


「本当にあの人の書く護符は綺麗だよな」


門野の目線の先を追って坂東も護符に気付いた。

ゆらり、と僅かに揺れたように見えた。


「坂東さん。ちょっと下がってていただけますか」


門野は柱のちょうど中心に貼られた札の前に立った。

右手の人差し指と中指を揃え口元運ぶ。

囁くような小さな声で唱えた。


「陰りの奥に潜む者、汝の姿を現せ」


風の無い部屋でパタパタと札が揺れ始めた。

煙が立ち始め次第に濃くなっていく。

その間も門野は一切姿勢を動かさず指先に力を込める。


「…出て来たぞ!」


坂東の声と同時に大きな破裂音が響き渡った。

その爆風で部屋中の紙が舞っている。

散り散りになった護符が舞い煙が立ち込める状況の中に門野と坂東は人影を見た。

だんだん煙が薄くなりそれが女性のようなシルエットだと気づいた。


「その面立ち、貴方様は晴道さまですね」


こちらに振り返ったその姿は見たことない女…式だった。

瓜実顔で大人しそうな雰囲気が漂い、艶のある髪の毛を後ろで纏めている。


「君は安倍さんの式?初めて見たが…私のことを知ってるのか?」


見覚えのない顔に門野は坂東に視線を送る。

坂東も状況が飲み込めず困惑した顔でその場を見ていた。


「えぇもちろん。でも安倍さまの従える式とは違いますわ」


女は裾で口元を隠し、ふふふと笑みを浮かべた。

そして一歩一歩とこちらに近づいてくる。

一連の動作を見ていると立ち振る舞いがまるで人間そのもののようだった。


「晴道さま、よくこの私を見つけましたね。ここに貴方がいらっしゃるということは安倍さまはもう戻られないのですね」


女は門野の目の前に立ち、節目がちに視線を下げた。足元には先ほどの爆風で散った護符の破片が散らばっている。思いもよらなかった展開に真っ先に口を開いたのは坂東だった。


「まず状況を整理したいんだが、安倍さんの式じゃないって言ったな?何者だ?何でここにいる?」


その詰めるような言い方にまた女は笑った。


「私は安倍さまと契約した身であるが故、ここにおりました。貴方こそ…晴道さまと一緒にいるようですがどなたかしら?」


「安倍さんの部下だ。今日ここに門野と来たのも安倍さんを助ける手掛かりを探しに来た」


そうでしたか、と微塵も興味が無いような返しをする。

相手の正体がわからないまま迂闊なことを話すのはまずいと考え門野は切り出した。


「君は安倍さんと何らかの契約をしてると言ったね。今回の…東北の山神の一件に関係している話かな?」


「そうとも言えるし、それだけが全てでは無いし、肯定しても否定しても答えになりますわ」


煮え切らない言い回しの女。

門野の隣でそれを聞いていた坂東は上着のポケットに手を入れた。

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