第10話

「それがきっかけで安倍さんの弟子になったわけか」


聞き終えた坂東は笑った。


「それからは一緒に暮らすようになって毎日毎日修行の繰り返しでした。たくさん怒られたし、その分得られたものも多くありました」


門野にとって安倍と暮らした数年は長く感じていたが、振り返るとあっという間だった。

一緒に過ごしたあの時間が、安倍の生き方が、門野が生きていく上での土台になっている。


「なるほどね。自分が入庁して2年目の時だったかな、安倍さんがすごい弟子を育ててるっていうのは聞いてたんだよ。まさかその弟子と働く日が来るなんて思いもしなかったよな」


「弟子というか…私は安倍さんに拾ってもらえたから今ここにいるんです。あの人いつも言ってました。生かされるには意味がある、自分の役割を全うしろ、と」


ぽつぽつと喋る門野。

坂東がふと視線を落とすと握られた拳は心なしか震えているように見えた。

また少しの沈黙が2人を包む。


「安倍さん、大事なことは絶対に人に話さず全部自分で抱えてたんです。それで思い出したんですが、一緒に暮らしているときも私室には入らないよう言われていました」


「私室?」


「もしかしたら何かないかと思って」


立ち上がる門野を坂東は止めにかかる。

突如腕を掴まれた門野は振り返った。


「でも何か状況を変える手掛かりがあるかもしれませんよ」


それはそうだが人の部屋に無断で入ることに躊躇いがある坂東。

行きますよ、と今度は反対に腕を引っ張られ強引に連れて行かれることになった。


長い廊下の突き当たりに安倍の私室があり、向かい側には大きな庭があった。それは手入れされた庭園のようで、庭にいるらしい虫の音も聞こえくる。

さすがの門野もおそるおそる私室の障子を開けた。

微かにお香のような匂いが漂っている。


「すごいな量だな」


無意識のうちに坂東は声を漏らしていた。

壁一面の本棚には資料が大量に保管されていて、机の上にも書類が山積みになっていた。

ふと机に散らばった白い紙人形に目を落とす。


「安倍さんは5体の式を従えていました」


「そういえば…この家に入ってから妖者や式を見かけないな」


その言葉通り敷地内に入ってから気配が全く無い。

人間どころか妖、鬼、この世の者ではない者たちの存在さえ何一つ感じられない。

生活感はあるのに突然住人だけが消えたかのようにもぬけの殻だった。


「重要なものほど自分のテリトリーに置いておくような人です。この部屋に絶対何かあるはずなんだ」


根拠は無いけど門野の直感がそう告げていた。

あらゆる戸棚を開け書類は全てのページを捲る。

開けても開けても思うようなものは見つからない。

窓の側に置いてある墨と筆が目に留まった。

手を黒く汚しながら護符の書き方を教わってた日々が門野の脳裏に蘇る。


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