第53話『ゆるし』
朝の光が まぶしい。
立とうとして 倒れる。
血と 汗で 床が ぬれている。
記憶が おかしい。
さっき 何を していた?
思い出せない。
いつから ここにいる?
もう わからない。
取材? 記事?
言葉だけ 残っている。
でも 中身が ない。
高校生の 自分が 見える。
制服を 着ている。
でも それも すぐに 消える。
中学生の 記憶。
あれ? 中学で 何か あった。
大切な 何か。
でも 思い出せない。
「結衣」
その名前だけ 残っている。
誰? 友達?
大切な 人。
裏切った 人。
あ、思い出した。
神ちゃんを 否定した。
結衣を 否定した。
13歳の 春。
でも その記憶も 崩れていく。
なぜ 裏切った?
もう わからない。
ただ 悪いことをした。
それだけ 覚えている。
喉が 砂漠みたい。
でも 水は いらない。
体が 軽くなっていく。
12歳が 消えた。
11歳も 消えた。
どんどん 若くなっていく。
10歳の 記憶だけ 鮮明。
神ちゃんと 出会った 年。
結衣と 友達になった 年。
「だいじょうぶ みてるよ」
神ちゃんの 声が 聞こえる。
本当に 聞こえる。
うれしい。
誰? 私 誰?
名前が ある。
でも 思い出せない。
○○ちゃん。
そう 呼ばれていた。
10歳。
小学4年生。
神ちゃんが 大好き。
結衣ちゃんが 大好き。
あれ? なんで ここにいるの?
小屋? 山?
わからない。
でも だいじょうぶ。
神ちゃんが いるから。
白紙の ページが ある。
何か 書かないと。
でも 何を?
手が 勝手に 動く。
「ごめんね ゆいちゃん」
「ゴッドちゃん だいすき」
「みんな だいすき」
子供の 字。
たどたどしい 字。
10歳の 私の 字。
もう 目も 開かない。
でも 見える。
不思議な 光が 見える。
結衣ちゃんが いる。
10歳の 結衣ちゃん。
笑っている。
「○○ちゃん おかえり」
「まってたよ」
神ちゃんも いる。
本物の 神ちゃん。
手を 差し伸べている。
「もう いいよ」
「じゅうぶん がんばった」
私は 10歳。
純粋な 10歳。
裏切る前の 私。
信じていた 私。
「いっしょに いこう」
結衣ちゃんが 手を 握る。
あったかい。
「うん」
声に ならない 声で 答える。
最後の 力で ペンを 握る。
白紙のページに 書く。
「みんな いっしょ」
「ずっと いっしょ」
ペンが 落ちる。
手が 動かない。
呼吸が ゆっくりになる。
でも 怖くない。
10歳の 私は 笑っている。
結衣ちゃんと 手を つないで。
神ちゃんに 見守られて。
これで いい。
これが 本当の 私。
信じていた 私。
愛していた 私。
光の中に 溶けていく。
私は もう いない。
大人の 私も いない。
罪も 憎しみも ない。
ただ 純粋な 魂だけが
静かに 眠りにつく。
すべてを ゆるされて。
すべてを ゆるして。
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