第52話『いのちを かけなさい』
私は床に額を打ち付けた。
鈍い音が小屋に響く。
顔を上げ、また打ち付ける。
「ごめんなさい」
額に熱を感じる。でも止まらない。
これで終わるはずがない。
陽が傾いていく。
額は裂け、血が床を染める。
膝の皮も破れた。
「ごめんなさい結衣ちゃんごめんなさい神ちゃん」
言葉がつながっていく。
区切りが なくなっていく。
息をするように 謝罪が 出てくる。
血で「ゆるして」と書く。
でも文字が 変わる。
「まだ」に なってしまう。
夜が来た。
声は枯れて、血が のどから 出る。
「あなたに なりたかった」
本当の気持ちが やっと 出てくる。
「あなたを 消したかった」
一番醜い心。認めたくなかった 本音。
でも 血の文字は 「まだ」 「まだ」 「まだ」
朝日が のぼる。
もう 数えていない。
体が 限界を 超えている。
でも 聞こえる
「それだけ?」
結衣の声。
冷たい 悲しい 声。
「たった 一晩?」
血の海から 顔を上げる。
結衣が 立っている。
13歳の あの日の 結衣。
「わたしは 三十年 毎日 泣いた」
結衣が言う。
涙の跡が 顔に 残っている。
「一万日以上 泣いたのに
あなたは 一晩で 許されると 思ったの?」
「違う...まだ...」
血を吐きながら 答える。
「言葉なんて いらない」
結衣の姿が 薄くなっていく。
「本当に 償いたいなら」
声が 遠くなる。
「いのちを かけなさい」
そして 消えた。
静かになった小屋。
私は わかった。
これは 始まりだった。
本当の贖罪は これから。
血まみれの体で 立ち上がる。
壊れた膝が 悲鳴を上げる。
スクラップブックのページが 勝手に めくれる。
白紙のページ。
そこに 血の文字が 浮かぶ。
「まだ まだ まだ」
それだけ。
何をすればいい? 答えは ない。
でも わかる。
もっと 苦しまないと。
もっと 失わないと。
結衣の 30年の悲しみには 届かない。
私は 震えながら 立つ。
血が 床に ぽたぽたと 落ちる。
体が 教えてくれる。
もう 食べなくていい。
もう 飲まなくてもいい。
ただ 削ぎ落としていけばいい。
朝の光が 血の海を 赤く 照らした。
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