第48話『それを見た子ども』
事件記録
発生日:2021年5月14日
場所:千葉県■■市立■■小学校
対象者:小学3年生男児(当時8歳)
現在:行方不明(2021年5月20日より)
【新聞記事アーカイブ】
千葉日報 2021年5月15日 地域面
「小3男児、授業中に不思議な絵」
■■小学校で14日、3年生の男児が図工の授業中、与えられた課題とは異なる絵を描き続ける出来事があった。
担任教諭によると、男児は「神ちゃんを写してる」と繰り返し、制止にも応じなかったという。
描かれた絵は漫画のような体裁だが、既存の作品ではないと見られる。男児の保護者は「最近、古い漫画の話をしていた」と話している。
【担任教諭の報告書(2021年5月14日)】
3時間目、図工。
課題は「春の思い出」。
児童Aは、画用紙に漫画のコマ割りを始めた。
注意したが、「これを描かなきゃいけない」の一点張り。
様子がおかしいので観察を続けた。
目は画用紙を見ているが、焦点が合っていない。
手は止まらない。
迷いがない。
まるで、見えているものをなぞっているだけのような。
完成した絵を見て、他の児童が言った。
「これ、神ちゃんだ」
「うちのお母さんが読んでたやつ」
【模写の複写(警察保管資料より)】
[画像記録]
B4画用紙、鉛筆描き
8つのコマ割り
1コマ目:人影のようなもの
2コマ目:円形の集合
3コマ目:放射状の線
4コマ目:波打つ曲線
5コマ目:点の集まり
6コマ目:螺旋
7コマ目:重なる楕円
8コマ目:(下記詳細)
【8コマ目の詳細記録】
このコマだけ、異様に描き込まれている。
中央に、文字のような図形。
いや、文字だ。
でも、読めない。
日本語のようで、そうでない。
ひらがなのようで、違う。
なめらかに曲がる線。
しずくのような形がいくつも。
保護者が言った。
「これ、言葉なんです。息子が言ってました」
「『さいごのことば』だって」
「『みんな、もうわかってる』って言ってました」
【児童の音声記録(2021年5月14日・保護者提供)】
母:「何を描いたの?」
児童:「神ちゃんの、最後」
母:「どこで見たの?」
児童:「見てない。でも、知ってる」
母:「誰かに教えてもらった?」
児童:「ううん。でも、呼ばれた」
母:「呼ばれた?」
児童:「うん。『描いて』って」
母:「誰に?」
児童:「……神ちゃん? 違う……もっと近い人」
【警察の捜査記録(2021年5月20日)】
5月20日 07:30
母親から通報。児童が自室から姿を消す。
窓は施錠、玄関も施錠。
机の上に、新しい絵。
前回と同じ構図だが、さらに精密。
8コマ目の「ことば」が、少しだけ読めるような。
いや、読めない。
でも、意味は伝わる。
「ここに いくよ」
「みんなの ところへ」
【言語学者による分析(2021年6月)】
描かれた「文字」は、既知の文字体系に属さない。
しかし、構造はある。
規則性もある。
むしろ、これは「前文字」かもしれない。
文字になる前の、純粋な意味の形。
見る者の脳が、直接意味を読み取る。
だから、人によって読める内容が違う。
いや、読めないのにわかる。
子供の方が、読み取りやすいようだ。
大人になるにつれ、この能力は失われる。
【保護者の証言(2021年7月)】
「息子は、幸せそうでした」
「描いている時、本当に幸せそうで」
「最後の朝、言ったんです」
「『やっと会える』って」
「誰に? と聞いたら」
「『みんなに』って」
「それから、こうも言いました」
「『もう、描かなくていい。だって、そこに行くから』」
【小学校での聞き取り(2021年9月)】
同級生A:「あいつ、最後の日、みんなにあの絵を見せてた」
同級生B:「見たら、なんかわかった。神ちゃんが呼んでるって」
同級生C:「俺も行きたかった。でも、まだダメだって言われた」
【模写の現在(2025年10月)】
警察で保管されている模写を、特別に見せてもらった。
4年経った今も、紙は劣化していない。
むしろ、線が濃くなっている気がする。
8コマ目を、じっと見る。
すると——
読める。
いや、読めない。
でも、わかる。
「もどってきて」
「じゅんびが できたら」
「みんなで まってる」
【記者の考察】
男児は、本当に消えたのか。
それとも、別の形でここにいるのか。
模写は、何を写したのか。
存在する原稿?
存在しない原稿?
それとも——
これは、記録じゃない。
招待状だ。
読める者への。
準備ができた者への。
そして私も、少しずつ、読めるようになってきた。
この線のなかに、"ことばのようなもの"がある。
いや、ことば以上の何かが。
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