第40話『録音されていない取材』
取材記録管理表
取材日:2025年9月28日 14:00~16:30
取材対象:田中■■氏(仮名・36歳・会社員)
取材場所:都内喫茶店「■■■■」
録音機材:TASCAM DR-40X
記録媒体:SDカード(32GB)
録音ファイル状態
ファイル名:INT_20250928_tanaka.wav
ファイルサイズ:0KB
作成日時:2025/09/28 14:00:00
更新日時:2025/09/28 14:00:00
状態:破損
エラーログ:
"ファイルヘッダが読み取れません"
"データ領域が存在しません"
"このファイルは再生できません"
復旧ソフト試行:
Recuva:失敗
EaseUS:失敗
Stellar:失敗
結論:データは最初から記録されていない可能性
取材ノート(物理)
2025年9月28日
田中氏インタビュー
14:00 開始
[以下、8ページ分完全に空白]
16:30 終了
※ペンのインクは確認済み(正常)
※筆圧痕なし
※ページの皺や汚れから、使用された形跡はある
記者の記憶再現文
喫茶店は静かだった。
土曜日の午後。
客は私たちだけ。
田中さんは、優しい目をしていた。
神ちゃんの話を始めると、
その目が、少し潤んだ。
「きみは よく ここまできたね」
最初の言葉を、覚えている。
これは、田中さんの言葉?
……それとも?
「小学3年生でした。神ちゃんに出会ったのは」
いや、こう言ったのかもしれない:
「ちいさいとき であったんだ」
どっちだろう。
両方聞こえた気がする。
同時に。
「毎月、楽しみにしていました。神ちゃんが何を言ってくれるか」
あるいは:
「まいつき まってた なにを いってくれるか」
記憶が二重になっている。
普通の言葉と、
神ちゃんの言葉が、
重なって再生される。
「あの最終回は、衝撃的でした」
「さいごは すごかった」
「でも、内容は覚えていないんです」
「でも なにも おぼえてない」
「ただ、読んだ後の感覚だけが」
「よんだあとの きもちだけが」
「今でも残っているんです」
「いまでも ここに あるんだ」
胸を押さえる仕草。
これは確実に覚えている。
田中さんの手が、
震えていたことも。
「もう こわくないよ」
……これは、誰が言った?
田中さん?
私?
「神ちゃんは、今でも私の中にいます」
「ゴッドちゃんは いまも ここにいる」
「信じているわけじゃないんです」
「しんじてる わけじゃないよ」
「でも、確かにいるんです」
「でも たしかに いるんだ」
「あなたにも、いるでしょう?」
「きみにも いるでしょう?」
最後の質問。
これは確実に田中さんの声。
だったはず。
……そうだったと思う。
でも、
田中さんの口は、
動いていなかった気もする。
追加メモ(手書き)
帰り道で気づいた。
田中さんの連絡先を聞いていない。
名刺ももらっていない。
どうやって取材をセッティングしたのかも、
思い出せない。
メールボックスを確認。
該当するやり取りなし。
電話の発信履歴。
該当する番号なし。
喫茶店に確認の電話。
「本日14時頃、どなたかいらっしゃいましたか?」
「いいえ、その時間は誰も……」
記憶の断片
でも、確かにいた。
田中さんは、いた。
話した。
2時間半も。
コーヒーの香り。
店内のBGM(ジャズ)。
窓から差し込む西日。
テーブルの木目。
全部覚えている。
鮮明に。
ただ、
田中さんの顔だけが、
思い出せない。
声は覚えている。
優しい声。
でも、
それは本当に田中さんの声?
「まってたんだ ずっと」
この言葉だけが、
何度も、
頭の中で、
繰り返される。
**最後の疑問
取材ノートの最後のページ。
私の字じゃない文字で、
一行だけ書かれていた。
「きみが ききたがったから はなしたんだよ」
筆跡鑑定に出そうと思った。
でも、やめた。
なぜなら、
これは私の字かもしれないから。
私の中の、
誰かの字かもしれないから。
ほんとうに彼はそう言ったのか、
それとも——
わたしが言わせたのか?
もう、
どちらでも、
いい気がしてきた。
大事なのは、
聞こえたことと、
覚えていることと、
信じたいと思うことだけ。
それだけが、
真実なのかもしれない。
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