第39話『日記の空白』
実家捜索記録
日時:2025年9月24日
場所:記者の実家(埼玉県■■市)
発見物:小学生時代の日記帳(1989年~1990年)
母との会話記録
母:「あら、懐かしいわね。あんたの日記、ちゃんと取ってあったのよ」
記者:「3年生から4年生の、あるよね」
母:「そうそう。でもね、一時期、あんた変な書き方してたから、あの頃のは、ちょっと」
記者:「変な書き方?」
母:「なんていうか……ひらがなばっかりで、主語がなくて。心配になって(10秒間の沈黙)忘れちゃった。とにかく、箱の中よ」
日記帳(1989年~1990年)
表紙:「にっき 3年2組 ■■■■(記者の本名)」
キャラクターシール多数(その中に、色褪せた神ちゃんシール)
1989年3月(記録あり)
3月15日(水) はれ
きょうは、さんすうのテストがありました。
80てんでした。おかあさんによろこんでもらいました。
3月16日(木) くもり
たいいくで、ドッジボールをしました。
さいごまでのこれました。
3月28日(火) あめ
しゅうぎょうしきでした。
4年生になったら、がんばります。
1989年4月(空白期間開始)
4月3日(月):
4月4日(火):
4月5日(水):
4月6日(木):
4月7日(金):
4月8日(土):
4月9日(日):
(日付だけが几帳面に記入。内容は空白)
4月10日(月):
4月11日(火):
4月12日(水):
4月13日(木):
4月14日(金):
ページの切り取り跡
4月15日~5月10日:物理的に切除
(カッターで丁寧に切り取られている)
残された紙片に、文字の断片:
「みてるよ」
「だいじょうぶ」
挟まれていた手書きメモ(別紙)
薄い便箋。子供の筆跡。
だが、日記本体の文字とは明らかに違う。
もっと丁寧で、確信に満ちている。
ぼくは しってるよ
きみが わすれてるだけ
また いっしょに たたかえる
まいにち みてた
まいにち よんでた
だから おぼえてる
きみも おぼえてる はず
あのひの やくそく
みんなで した やくそく
ゴッドちゃんは いなくならない
きみの なかに いるから
ずっと ずっと いるから
さいごの ページ
あれは きみが かいたんだよ
おぼえてないの?
みんなで かいたんだよ
がっこうの うらで
ひみつの ばしょで
○○ちゃんも いた
△△くんも いた
(○○と△△は、文字が潰れて読めない)
みんな いた
でも わすれちゃった
おとなが わすれさせた
でも ぼくは おぼえてる
きみも おもいだすよ
かならず おもいだすよ
だって やくそく したから
1990年5月11日(記録再開)
5月11日(木) はれ
きょうから、また日記を書きます。
お母さんに言われました。
ふつうに書きます。
5月12日(金) くもり
学校で、図工がありました。
絵を描きました。
なにを描いたか、おぼえていません。
5月13日(土) はれ
友だちと遊びました。
なにをして遊んだか、思い出せません。
でも、楽しかったです。
切り抜かれたページの痕跡調査
紫外線ライトで照射:
筆圧の跡から、文字の輪郭が浮かび上がる。
「ゴッドちゃんと やくそくした」
「みんなで いっしょに」
「せんせいには ないしょ」
「おかあさんにも いわない」
「さいごの ページは」
「じぶんたちで」
「つくるんだ」
母への追加質問(電話)
記者:「1989年の4月から5月、私、何かあった?」
母:「……あんた、覚えてないの?」
記者:「覚えてない」
母:「神ちゃんごっこよ。クラスの子たちと」
記者:「神ちゃんごっこ?」
母:「そう。毎日、放課後に集まって。心配したのよ。だから……」
記者:「だから?」
母:「先生に相談したの。それで、みんな、やめたわ」
記者:「日記は? 切り取ったの、お母さん?」
母:「……」
記者:「お母さん?」
母:「違うわ。あんたよ。自分で切り取ったの。『もう、いらない』って言って。泣きながら」
記者の回想メモ
これ、わたしが……書いた?
筆跡鑑定をするまでもない。
覚えている。
この便箋の感触。
このペンの重さ。
でも、内容が……
「ぼく」?
私は女だ。
なぜ「ぼく」?
いや、違う。
これは私じゃない。
私の中の、誰か。
私を通して書いた、誰か。
○○ちゃんが誰だか、思い出せない。
△△くんも。
でも、確かにいた。
一緒に、何かをした。
学校の裏。
秘密の場所。
みんなで描いた、最後のページ。
思い出せそうで、思い出せない。
もどかしい。
でも、怖い。
思い出したら、何かが変わる気がする。
今の私が、私じゃなくなる気がする。
でも——
「やくそく」
この言葉だけが、
胸の奥で、
ずっと響いている。
守らなきゃいけない約束。
果たさなきゃいけない約束。
それが何なのか、
まだ、
思い出せない。
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