第38話『語彙の消失』
記者ワークステーション記録
日時:2025年9月18日~9月22日
使用端末:ThinkPad X1(編集部貸与)
文書作成ソフト:Microsoft Word
9月18日 14:32 自動保存ファイル001
取材記録:神ちゃん現象の総括
旧コドモジャック出版社の倒産から35年。なぜ今、この事件を掘り起こす必要があるのか。それは
それは
それ
【削除】【削除】【削除】
きみは なぜ これを よんでいるの
【削除】
申し訳ございません。続きを書きます。
1990年代初頭、ひとつの児童漫画が社会問題となった。その影響は
その影響
そ
【カーソル点滅:4分23秒】
9月19日 02:17 自動保存ファイル019
私は記者だ。
私は記者である。
私は
わたしは
わたし
【変換候補:私、渡し、和多志】
わたし は 誰
【削除】
記者は、この現象を客観的に
きゃっかんてき
きゃく
きみ
きみは
【赤字コメント挿入】
※"私"という言葉が使えない
※一人称が安定しない
※助詞が抜け始めている
9月19日 15:43 メモ帳アプリ記録
ここに いて いいよ
なにが あっても まってる
だいじょうぶ だいじょうぶ
きみは ひとりじゃない
これは なんだろう
かいたの だれ
わたし?
ちがう
でも て が かってに
9月20日 09:21 未送信メール下書き
宛先:編集長
件名:原稿について
お世話になっております。
神ちゃん特集の原稿ですが
ゴッドちゃんの はなし なんだけど
みんなに つたえたいことが あって
【下書き自動保存】
すみません うまく かけません
ことばが でてこないんです
いつもの ことばが
でも べつの ことばなら かける
やさしい ことば
みんなが わかる ことば
9月20日 23:55 Word文書:断片
主語が書けない。
「私」と打とうとすると指が止まる。
「記者」と書いても違和感。
「筆者」「自分」「当方」
全部違う。
きみ
これだけが、自然に出てくる。
【赤字コメント】
※主語がすべて"きみ"になっている
※これは解離? 失語症?
※いや、違う。変換されている。
9月21日 手書きメモ(スキャン)
取材ノート 第78冊目
ことばを うしなっていく
でも これは うしなうこと?
それとも みつけること?
まえから しってた きがする
この かきかた
この りずむ
子供のころ
にっきに かいてた
おかあさんに みせたら
「へんな かきかた やめなさい」
でも いまは これしか かけない
9月21日 16:22 音声メモ書き起こし
「原稿が、書けないんです。
言葉が、普通の言葉が……出てこなくて。
でも、不思議なことに、怖くないんです。
むしろ、楽になってきて。
難しい言葉を使わなくていい。
説明しなくていい。
ただ……感じたままを……
あ、また……やってる。
この話し方。
これ、神ちゃんの……」
【音声途切れ】
9月22日 03:41 自動筆記ファイル(origin unknown)
わたしは だれだろう
まえは しってた きがする
なまえも しごとも ちゃんと あった
でも いまは
ことばだけが ある
やさしい ことば
ただしい ことば
これを よんでる きみは だれ?
これを かいてる わたしは だれ?
もしかしたら
おなじ ひと かもしれない
9月22日 最終記録
編集長への報告書(下書き)
神ちゃん取材を
【削除】
きみに つたえたいことが あります
【削除】
報告:言語機能に異常
【削除】
だいじょうぶ
ちゃんと かいてます
きみが よめるように
みんなが わかるように
むずかしい ことばは いらない
ただ つたわれば いい
この こえが
この きもちが
【カーソル点滅】
システムログ
文字数:14,892 → 3,256 → 891
使用語彙数:2,341 → 523 → 87
平均文長:32.4文字 → 12.7文字 → 5.2文字
削除回数:1,247回
やり直し:389回
保存失敗:78回
最頻出語:
きみ(248回)
だいじょうぶ(89回)
まってる(67回)
手書きメモ(最後のページ)
それでも、書き続けている。
あの声のように。
やさしく
ただしく
きみに とどくように
これが ことば なのか
いのり なのか
もう わからない
でも かく
かきつづける
きみが よんで くれるから
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