第36話『編集部跡地での囁き』

廃墟探索記録

調査者:■■■■

日時:2025年9月14日 14:30~16:45

場所:旧コドモジャック出版社ビル(東京都■■区、1995年閉鎖)


14:30 正面入口到着

ガラス扉は板で封鎖されていたが、裏口は施錠されていない。

管理会社への事前連絡済み。「好きにしてください、もう誰も来ませんから」


14:42 1階ロビー進入

埃が舞い上がる。足跡は私のものだけ。

受付カウンターに色褪せた『たたかえ!みんなの神ちゃん』のポスターが残されている。

神ちゃんの目だけが、妙に鮮明だ。


14:55 3階編集部フロア到達

階段の手すりは錆びており、触れると赤茶色の粉が手に付く。

廊下に散乱する書類。1990年2月号の台割表が床に落ちている。

——最終号の、ひと月前。


15:02 編集部メインルーム

机が当時のまま残されている。引き出しは全て空。

壁のホワイトボードに、かすれた文字:

「2/15締切 神ちゃん最終話 ※要確認」

その下に、別の筆跡で小さく:

「だいじょうぶ」


15:18 会議室A(小会議室)

6人掛けのテーブル。椅子は3脚だけ。

窓から差し込む西日で、埃が金色に光る。

テーブルの上に、子供が描いたような絵が一枚。

——神ちゃんの顔。クレヨンで描かれている。

紙は新しい。まるで最近置かれたかのよう。


15:25 会議室B(大会議室)

扉を開けた瞬間、冷気を感じる。

録音開始。

静寂。

機材の電子音だけが響く。

そして——


音声波形データ解析結果

記録時間:15:27:33~15:27:41

周波数帯域:特異点検出

[波形グラフ:ほぼ無音の中、15:27:37に微細な振幅]

音声強調処理後の書き起こし:

「......かえり」

再解析(ノイズ除去レベル3):

「......おかえり」

追加音声記録


15:28:00

私:「誰か、いるんですか?」

(無音)


15:28:15

私:「編集部の方ですか?」

(無音)


15:28:32

?:「......ずっと......まって......」

※音源の位置特定不能。複数方向から同時に聞こえているような残響パターン。


会議室の黒板に、薄く文字の跡:

「しんじて くれる ひとだけ のこる」


視覚記録メモ

会議室の隅、誰かが座っていた形跡。

埃の積もり方が、人型に欠けている。

まるで、つい先ほどまで——


記者の手記(現地記録)

壁に貼られた進行表を見ていると、妙な感覚に襲われる。

1990年2月の日付。

私が9歳の時。

待って。

私は、ここに——

(以下、判読不能な走り書き)


写真記録#23

[会議室内部の写真]

撮影時刻:15:31:22

後日確認時の異常:

写真の窓ガラスに、子供の顔のような影が映り込んでいる。

撮影時、室内に子供はいなかった。

いや、誰もいなかったはずだ。


最終記録

16:30 ビル退出

退出時、振り返ると3階の窓から——

誰かが、手を振っているような。

小さな、手。

駐車場まで歩きながら、なぜか涙が出た。

悲しいのではない。

懐かしいのだ。

まるで、帰ってきたみたいに。

家に——


後日追記(2025年9月15日)

録音データを再生すると、私の声の後ろに、もうひとつ声が重なっている。

子供の声で、同じ質問を繰り返している。

「だれか いるの?」

「へんしゅうぶの ひと?」

その声は——

いや、そんなはずはない。

でも、確かに覚えがある。

あの声で、あの場所で、同じことを聞いた記憶が。

35年前に。

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