第17話『わたしも もっていた』

記者の発見記録

2025年3月30日 午後

実家の物置にて


母から電話。

「片付けするから、あんたの荷物引き取って」

先日の電話から避けていた母。

でも、この機会を逃したくなかった。


段ボール箱が5つ。

「小学校」と油性ペンで書かれている。

3つ目の箱を開けたとき、手が止まった。

キャンパスノート。

表紙には何も書いていない。

でも、妙に大切に扱われていた形跡。

ビニール袋に入れられて、一番下に。


ノートの内容(再現)


1ページ目:

切り抜きが貼られている。

漫画のキャラクター。

顔の部分だけ、丁寧にハサミで切られて。

でも、名前がない。

セリフもない。

ただ、笑顔の「顔」だけ。

大きな目。

優しい笑顔。

額に星のような——


2ページ目:

「にこにこしてる」

私の字。丸い、子供の字。


3ページ目:

また同じ顔の切り抜き。

少し角度が違う。

「おともだち」と書いてある。


7ページ目:

「きょう また きた」

何が来たのか。


11ページ目:

「やくそく した」

誰と? 何を?


15ページ目:

顔の切り抜きが10個。

円形に並べて貼ってある。

真ん中に私の写真。

「いっしょ」


23ページ目:

「おかあさんには ひみつ」

「せんせいにも ひみつ」

「でも ○○ちゃんは しってる」

○○の部分は黒く塗りつぶされている。

最後のページ:

何も貼られていない。

でも、何かを剥がした跡。

のりの痕跡が四角く残っている。

その下に、震えた字で:

「もう あえない」

「さよなら」

「ごめんね」


日記の断片(別のノートから)


1989年10月15日

きょう、○○ちゃんと すごいもの みつけた。

(○○は黒塗り)

ないしょだよ。


1989年11月2日

まんがの 子が ゆめに でてきた。

「あそぼう」って。

うれしかった。


1989年12月 (日付なし)

みんなで やくそく した。

ずっと ともだち。

ずっと いっしょ。


1990年2月20日

もう よんじゃ だめって いわれた。

でも もう おそい。

あの子は もう ここに いる。


1990年3月21日

わすれなさいって いわれた。

わすれるって どうやるの?

(これ以降、日記は白紙)


母に見せる。

「これ、何?」

母の顔が青ざめた。

「捨てなさい」

「今すぐ」

「全部」

「でも、これ私が——」

「あんたは何も覚えてない!」

母が叫んだ。

「覚えてないし、覚えちゃダメなの!」

「お母さん、知ってるの?」

母は答えない。

ただ、ノートを奪い取ろうとする。

その時、ノートから何かが落ちた。

小さな紙片。

『神ちゃんからの手紙』

子供の字で書かれた封筒。

中身は——

「それを開けちゃダメ!」

母の叫び声。

でも、もう開けていた。


白紙だった。

いや、違う。

よく見ると、圧痕がある。

鉛筆で書いて、消しゴムで消した跡。

光に透かすと、うっすらと読める。

「また あおうね」

「おとなに なったら」

「おぼえてて」

私の字ではない。

でも、知っている字。

同じ年頃の、女の子の字。

○○ちゃんの——

「思い出しちゃダメ」

母が泣いている。

「あの子のことは、忘れたはずでしょう」

あの子。

○○ちゃん。

名前が、喉まで出かかっている。

でも、出てこない。

ただ、確かなことがひとつ。

わたしも もっていた。

神ちゃんを。

あの子と一緒に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る