第9話『編集会議(打ち切り決定)議事録』
コドモジャック出版 編集会議記録
1990年1月15日(月)10:00~12:30
第1会議室
記録者:総務部 西田
出席者
代表取締役:岡田
編集長:佐藤
副編集長:田中
編集部:鈴木、山田、小林
営業部長:高橋
法務顧問:森川
議題:今後の編集方針について
岡田:みなさん、お集まりいただきありがとうございます。本日は……その、例の件について話し合いたいと思います。
佐藤:例の件、ですか。
岡田:はい。あの……連載している、アレです。
田中:……神ちゃんのことですね?
岡田:その名前は出さないでください。
鈴木:でも、何の話かわからないと——
岡田:「該当作品」でお願いします。
(沈黙)
高橋:売上は好調です。先月比で180%。
岡田:それは……素晴らしい。しかし、問題は別のところにあります。
森川:法的リスクの観点から申し上げますと、現時点で明確な違法性は認められません。
田中:でも、保護者からのクレームが——
森川:クレームと法的責任は別です。
山田:子供たちの様子が明らかにおかしいんです。学校でも問題になっています。
佐藤:問題という言葉は適切でしょうか。
山田:え?
佐藤:子供たちは幸せそうです。
小林:編集長……?
佐藤:みんな笑顔じゃないですか。該当作品のおかげで。
岡田:佐藤君、君は最近少し……いや、なんでもない。
(長い沈黙)
岡田:では、今後の方向性について、意見をお願いします。
鈴木:正直に言います。連載を、終了させるべきでは。
高橋:それに読者からの手紙も、最近、内容が過激で。「神ちゃんがいなくなったら何をするかわからない」という子どもの手紙が何通も。
田中:脅迫ですか?
高橋:いえ、むしろ、予告? 自傷をほのめかすような。
田中:つまり、急に止めると子どもたちが危ないと。
佐藤:止める必要はありません。続ければいいんです。
全員:(佐藤を見る)
岡田:君の意見はわかったが、現実を見なければ。
田中:編集長、正直もう限界です。これ以上は——
佐藤:何が限界なんですか? 子供たちは喜んでいる。
岡田:佐藤君、申し訳ないが、君はこの件から外れてもらう。
佐藤:……
岡田:田中君、君が作者への連絡を担当してくれ。
田中:わかりました。
岡田:3月号で最終回。これは決定事項です。
佐藤:でも——
岡田:君は少し休んだ方がいい。
(長い沈黙)
山田:作者への連絡はどのような形で?
田中:FAXで正式に通知します。
森川:段階的終了という形で、子供たちへの影響を最小限に。
岡田:最終話の内容は必ず事前チェックを。
田中:もちろんです。
佐藤:(小声で)みてる……ずっとみてる……
小林:編集長? 何か言いました?
佐藤:いえ、何も。
田中:編集長、大丈夫ですか? 顔色が——
佐藤:だいじょうぶ。みてるから。
(全員凍りつく)
岡田:……今、なんと?
佐藤:(正気に戻ったように)いえ、大丈夫です、という意味で。
岡田:そう、ですか。では、該当作品は自然終了ということで。
高橋:それが最善でしょうね。
田中:穏便に、ということで。
鈴木:……本当にこれでいいんですか?
岡田:他に選択肢がありますか?
鈴木:しかし——
岡田:この件は、これで終了です。その方向で整理していきましょう。
会議後メモ(誰かの手書き)
おかしい。全員、何かを恐れている。
特に社長の最後の言葉「その方向で整理」って、何を整理するんだ?
佐藤編集長の様子も異常だった。
「みてるから」って、誰が見てるんだ?
そして不思議なことに、会議後、みんな何も覚えていない様子だった。
「いい会議だった」「スッキリした」と言っていた。
でも議事録を読み返すと、何も決まっていない。
ただ「終わるのを待つ」ことだけ。
記者注釈
この回以降、「神ちゃん」の名は議事録に一切現れない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
佐藤編集長は、1990年3月に失踪。
最後に残したメモには、こう書かれていた。
「もうすぐ会える」
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