第8話『文科省宛て報告文』

株式会社コドモジャック出版 社内メモ

作成日:1989年12月20日

作成者:(署名なし)

件名:文科省への状況報告について(第7稿)


※デスクから発見された複数の下書き。書き直すたびに内容が変化している


【第1稿】

文部科学省 御中

助けてください。

もう誰も正常な判断ができません。

子供たちが集団で幻覚を見ています。

編集長も狂い始めています。

今すぐ介入を——

(ここで途切れている)


【第3稿】

文部科学省 初等中等教育局 御中

弊誌連載作品について緊急にお伝えしたいことがあります。

読者の児童に異常な兆候が見られます。

「神ちゃんと話した」という報告が多数寄せられてきます。

作者とも連絡が取れません。

このままでは——

(紙が破られている)


【第5稿】

文部科学省 初等中等教育局 御中

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

弊誌連載作品に関しまして、若干の懸念事項がございます。

一部の読者から熱狂的な反応があり、

保護者の方々からご心配の声をいただいております。

慎重に対応を検討中です。

敬具


【第7稿】

文部科学省 初等中等教育局 御中

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

先般よりご指摘いただいております弊誌連載作品に関しまして、

現在の状況をご報告申し上げます。


読者アンケート数は通常の8倍と好評を博しており、

その内容は作品への深い愛着を示すものとなっております。

一部の保護者から懸念の声が寄せられていますが、

多くの読者は作品を支持しております。


天川ひかり先生は創作活動に専念されており、

読者の期待に応える作品を描き続けております。

弊誌と致しましては、表現の自由を尊重しつつ、

教育的配慮を持って対応してまいります。


慎重に読者の声を聞きながら、

適切な編集方針を検討してまいります。

敬具


各稿の余白に残されたメモ

第1稿の裏:

「なぜこんなことを書いた?」


第3稿の端:

「もっと穏やかに」

「事実を書くな」

「大丈夫だと言え」


第5稿の上部:

「まだ強すぎる」

「問題ないと書け」

「神ちゃんが」(ここで文字が途切れる)


記者による補足

7つの下書きはすべて同じ日付だが、筆跡鑑定によると数時間の間に書かれている。

最初の切迫した内容が、書き直すたびに「正常」な報告書に変化していく。

しかし最も異常なのは、これらを書いた人物が特定できないことだ。


元編集部員の証言:

「その日、みんな何かを書いていた。でも翌朝、誰が何を書いたか覚えていなかった。デスクの上に大量の紙だけが残っていた」


第7稿が最終版とされたが、結局送付されることはなかった。

理由は記録されていない。

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