第4話『編集会議ログ』

コドモジャック出版 編集会議議事録

1989年8月30日(水)14:00~16:30

第3会議室

記録者:編集部 山田


出席者

編集長:佐藤

副編集長:田中

編集部:鈴木、山田、小林

営業部:高橋(途中参加)


議題:読者アンケートにおける異常傾向について


佐藤:では、神ちゃんの件から始めましょう。鈴木君、状況を説明してください。

鈴木:はい。5ヶ月で読者アンケートが通常の6倍に増加しています。内容も……ちょっと普通じゃないです。

田中:普通じゃないって?

鈴木:(資料配布)これ、見てください。「神ちゃんと話した」「声が聞こえる」「見守られている」こういう表現が全体の3割を超えています。

佐藤:……確かに違和感があるな。

鈴木:さらに問題なのは、この集団投稿です。同じ文面が23通。全部違う筆跡。まるで誰かが指示して書かせたような——

山田:すみません、記録に残していいんですか? この内容。

佐藤:他の部署には隠しておこう。公開する記録は、「読者の反響が大きい」程度にとどめておいて。

鈴木:でも、保護者からのクレームも来始めてます。「子供の様子がおかしい」って。

小林:天川先生には伝えたんですか?

鈴木:先週連絡しました。しかし「子供たちに愛されて嬉しい」としか。

田中:先生も少し……変わりましたよね。最近の原稿、セリフが妙に宗教じみてる。

佐藤:宗教! その言葉は使うな。あくまで「教育的な内容」だ。


(ドアをノック)

高橋:(入室)失礼します。営業から報告があります。

佐藤:どうした?

高橋:書店から問い合わせが殺到してます。「神ちゃんの号だけ異常に売れる」と。それも同じ子が何冊も買っていくらしくて。

田中:何冊も? なんで?

高橋:「友達に配る」らしいです。それと……(声を落とす)ある書店で、子供たちが輪になって神ちゃんの本を囲んで何か唱えてたって。

全員:(沈黙)

佐藤:……それ、本当か?

高橋:店長が直接見たそうです。「だいじょうぶ、みてるよ」を繰り返してたと。

山田:お経みたいに?

高橋:その表現は……でも、まあ、そんな感じだったらしいです。


小林:これ、もしかしてマズくないですか?

佐藤:何がマズいんだ。人気があるだけだろう。

鈴木:でも、このままだと教育委員会とか文科省が動き出すかも——

佐藤:(机を叩く)だから! 問題ない。子供たちが楽しんでるだけだ。

田中:編集長……でも実際、これは——

佐藤:田中君、売上見たか? 先月比150%だぞ。

田中:それは確かにすごいですが——

佐藤:天川先生の作品は、子供たちに夢と希望を与えている。それ以上でも以下でもない。


鈴木:一つ提案があります。次号から、神ちゃんのセリフを少し……普通にしませんか?

小林:普通って?

鈴木:「だいじょうぶ」とか「みてるよ」を減らして、もっと一般的に——

佐藤:却下だ。作品の個性を殺してどうする。

田中:でも、少し修正をした方がいいですよ。

佐藤:(立ち上がる)いいか、みんな。神ちゃんは、うちの看板作品だ。子供たちも喜んでる。保護者の一部が神経質になってるだけだ。いいな?

全員:……はい。


追記(記者による注釈)

この会議の2週間後、文部省から非公式の問い合わせがあったという記録が残っている。

しかし、その内容は黒塗りで判読不能。

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