第2章 2-1 準備と登録 

夜が明けた翌日、古いマンションの玄関を叩く音で浩一は目を覚ました。

扉を開けると――そこに立っていたのは、あの高校生パーティの四人だった。


橘すみれが軽く頭を下げる。

「ごめんなさい。桐生副支部長に聞いたんです。……それで場所が分かりました」


浩一は小さく頷き、無言で玄関を開け放つ。

狭いリビングに四人を招き入れると、場の空気は自然と落ち着きを取り戻した。


やがて、すみれが口火を切った。

「佐伯さん。一緒に東船橋ダンジョンに潜りませんか?」


「……今さら、どうして?」

浩一は穏やかに問いかける。

「スタンピードの影響で、ダンジョンのモンスターはほとんど出ないはずだろう。今は潜る意味なんて……」


すみれは即座に首を振った。真剣な光がその瞳に宿る。

「東船橋ダンジョンは浅いけれど十層まであって、その最深部には――《ジョブクリスタル》があります。今ならリスクゼロで到達できるはずなんです」


「ジョブクリスタル……?」

浩一が首を傾げると、すみれはすぐに補足した。

「一般には“ダミークリスタル”と呼ばれています。でも正式名称はジョブクリスタル。触れた者にセカンドジョブを与える、正式な神代遺物なんです」


「……そうだったな」

浩一は小さく息を吐く。

(エンペラーの記憶が強烈すぎて忘れていたが……ダンジョンは資源の宝庫だったな)


すみれはさらに言葉を継いだ。

「今、東船橋ダンジョンは冒険者ラッシュで入場が制限されています。でも……桐生副支部長から支部長権限での入場許可をいただきました。そのうえで、“佐伯さんも誘ってほしい”と頼まれたんです」


彼女は声を落とし、申し訳なさそうに付け加える。

「桐生さん、電話も繋がらないって嘆いてました。人手も足りないし、この話を直接伝えに来られないって。だから私たちが代わりに伝えに来たんです」


そのとき、すみれが小さなケースを差し出した。

「そうだ、佐伯さん。これ、桐生副支部長から預かってきました」


漆黒の金属光沢を持つ専用ケース。

「ソウルイーター専用の携行ケースです。本来、街中でケースなしに武器を持ち歩くのは許されません。病院やその帰りに“魔布で包んだまま”運べたのは特例措置。だから、家にいる間も必ずこれに入れて保管してください、とのことです」


さらにすみれは伝言を添える。

「ソウルイーターは支部で必ず正式に登録を済ませてください。その上で、預け入れも検討するように、と」


浩一は黙ってそれを受け取り、深く頷いた。

「……あの人らしいな。規則を抜かりなく守らせる」


浩一は古びたクローゼットを開ける。

そこには最低限の荷物しか残っていない。

かつて戦いの頼りにしていた短剣は、ゴブリンジェネラルとの死闘で折れた。

残るのは影鋼の籠手、ソウルイーター、そして粗末な防具くらいだ。


橘すみれはノートを開き、落ち着いた声で言葉を継ぐ。

「東船橋ダンジョンの最深部まで、戦闘がなくても片道で三日かかります。往復で一週間。だからこそ、キャンプ道具と食料、回復薬は必須です」


彼女は項目を指で追いながら、必要なものを読み上げていく。

「保存食、水筒、簡易テント、寝袋、調理器具……矢と杖用の魔石の補充も忘れずに」


藤堂美咲が小さく微笑んだ。

「やっぱり、すみれがいると助かるわね。準備の抜けがないもの」


三浦健太は心配そうに口を挟む。

「……でも、こんなに揃えたらお金が……」


「必要経費だ」

浩一はきっぱりと言い切った。

「一週間の行程だ。途中で倒れたら意味がない。命を削るような真似は、もうしない」


その言葉に、夢香の顔が脳裏に浮かぶ。

(約束したんだ……“命を大事にしろ”って)


浩一はふと現実的な疑問を口にした。

「……で? 親御さんと学校の許可は取ってあるのか?」


四人は一瞬、言葉に詰まる。

高坂が目を泳がせ、三浦は気まずそうに俯いた。


すみれが小さく咳払いし、代表して答える。

「……はい。今回の件はギルド直轄の学校にも正式に通知済みです。保護者への説明も桐生副支部長が責任を持って行うと約束してくださいました」


藤堂が静かに付け加える。

「だから、表向きは“課外実習”という扱いになっています。危険がない今だからこそ、特例として許可が下りたんです」


浩一は腕を組んで黙り込んだ。

(……娘を送り出す親の気持ち。痛いほど分かる。だからこそ――守ると誓うしかない)


不安は拭えなかったが、四人の真剣な瞳を見て、浩一は小さく頷いた。

「……分かった。なら俺も覚悟を決める。命を削るような真似だけは、二度としない。そう決めて行こう」


四人は揃ってうなずいた。その表情には緊張と高揚が入り混じっていた。


翌日、浩一たちはギルド支部を訪れた。

ソウルイーターの登録――それは冒険者に課せられた義務である。


広いロビーを抜けると、桐生結衣が待っていた。

「来てくださってありがとうございます。では、ソウルイーターの登録手続きを」


専用窓口で手続きが進み、登録証が発行される。

その間、桐生の視線がふと浩一の腕に止まった。


「……その装備、少し詳しく見せてもらえますか。こちらへどうぞ」


促され、浩一とパーティは応接用の小さな別室へ。

重い扉が閉じられ、外の喧噪が遮断される。

緊張の空気の中で、桐生が口を開いた。

「説明をお願いします」


浩一は正直に答える。

「黒革の小手が……進化したんです。今は《影鋼の籠手》です」


その言葉に四人が一斉に声を上げた。

「おおっ!」

高坂が目を丸くし、三浦が身を乗り出す。

すみれも驚きの色を隠せず笑みを浮かべた。

「……装備が変わっていたから、宝具だって気づけませんでした」


桐生は無言で頷き、やがて微笑む。だがその目は冷たい。

「宝具はたとえ防具でも、法律上は“武器”として扱われます。登録と、ケースでの持ち運びは義務です」


浩一は背筋を正す。桐生はさらに続けた。

「講習で読むようお願いしたギルドのサイトにも――きちんと書かれていますよ」


柔らかい声音と笑顔。だがにじむ圧力に、誰も逆らえなかった。


桐生は視線をパーティへ移す。

「装備が変われば一目で分かるはずです。仲間の装備に気を配るのも冒険者の務めです」


四人は「はい……」と揃って答えた。

桐生の笑顔は優しいまま、だが重圧は消えない。


すると桐生は浩一へ向き直り、静かに告げた。

「実は、会っていただきたい方々がいます。少しお時間をいただけますか?」


途端に四人が妙に視線を逸らす。

桐生が続けた。

「まずは――皆さんの親御さんと、お話をしていただきたいのです」


隣室の扉が開き、数名の大人が入室してきた。

緊張した面持ちで浩一を見つめる。


「――本日はお忙しい中、ありがとうございます」

桐生が挨拶し、紹介する。

「こちらが佐伯浩一さん。お子さんたちと一緒に東船橋ダンジョンに入る予定の冒険者です」


父親らしき壮年が口を開く。

「……あなたが。年齢も経験もある方だと伺いました。しかし――本当に、子どもたちを危険に巻き込むつもりはないのですか?」


浩一は静かに答える。

「巻き込むつもりはありません。むしろ守るつもりでいます。彼らの未来を潰す気はない。命を削る真似も、二度としません」


母親らしき女性が不安げに声を上げる。

「……でも、ダンジョンなんて、本当に安全なんですか? スタンピードが起きたばかりなのに」


桐生が割って入った。

「ご安心ください。今回は“課外実習”として特例で許可されています。ダンジョンは現在、魔物の出現がなく、危険性は極めて低い。さらに佐伯さんが同行されます」


親たちは視線を交わし、やや表情を和らげた。

しかし完全に納得はしていない。重い空気が残る。


浩一は深々と頭を下げた。

「責任は、俺が持ちます。――どうか、彼らを信じてください」


しばしの沈黙の後、父親が重々しく頷いた。

「……分かりました。信じます。ただし――約束は守ってください」


浩一は真っ直ぐにその視線を受け止める。

「必ず」


面談は終わった。部屋の隅で待機していた四人は、気まずそうに立ち尽くしていた。

「……聞いてたか?」

浩一が問うと、全員が無言で頷いた。


桐生は空気を整え、改めて口を開いた。

「現在、東船橋ダンジョンはスタンピードの影響で魔物が出現せず、罠も起動しない特殊な状況にあります。そのため、多くの冒険者がセカンドジョブの獲得や資源採取を目的に押しよせ、入場制限がかけられているのです」


彼女は視線を移す。

「皆さんには特別な入場許可が出されています。ただし、この許可は《セカンドジョブの取得》を目的としたもの。――したがって、ダンジョン内での採掘・採取は禁止です」


「えっ……!」

四人が驚きの声を上げる。


浩一は深くため息を吐いた。

「当たり前だろう。……セカンドジョブが目的なんだからな」


桐生は頷き、言葉を継ぐ。

「そのとおりです。今回の特例は、あくまで若い皆さんがセカンドジョブを得ることを後押しするために設けられた措置です」


合図とともに職員たちが箱を運び込んでくる。

新品のキャンプ道具や武具、防具が整然と収められていた。


桐生は箱を指し示し、念を押すように言った。

「今回お渡しする黒鋼装備は、あくまで通常の装備品です。以前ダンジョンで入手された特別な黒鋼装備――あれはレベルを犠牲にして攻撃力を極端に引き上げる、呪具に近い性質を持っていました。しかし、こちらは代償効果を持たない標準規格の黒鋼製。安心して使っていただけます」


浩一は小さく頷く。

(……あの黒鋼は確かに“力と引き換えに命を削る刃”だった。だが今回は違う。こいつらに背負わせるのは呪いではなく、正規の装備だ)


高坂 慎一(戦士)

武具:紅い剣槍(本人所有の宝具級。継続使用)

防具:《黒鋼の胸甲》 … 高耐久・軽量設計。突撃の要。


橘 すみれ(弓士)

武具:《黒鋼の長弓》 … 魔石による威力増幅機構。狙撃特化。

防具:《黒鋼の軽鎧》 … 機動性と魔法耐性を両立。


三浦 健太(魔術師)

武具:《黒鋼の杖》 … 魔力伝導率が高く、詠唱速度を補助。

防具:《黒鋼のローブ》 … 魔術防御と精神耐性を強化。


藤堂 美咲(聖職者)

武具:《黒鋼の錫杖》 … 回復魔法を増幅。

防具:《黒鋼の法衣》 … 魔力安定化機能付き。


簡易テント(2張)


寝袋(5人分+予備1)


保存食・水袋(7日分)


魔石(弓用・杖用・錫杖用)


回復薬、解毒薬、包帯一式


携帯調理器具、灯火道具


桐生は全員を見渡し、告げた。

「これらはすべてギルドからの貸与品ですが。返却の義務はありません。以後の活動でも、皆さんの装備として使ってください」


高坂は胸甲を抱きしめるように持ち上げ、信じられないと息を呑んだ。

すみれは弓の弦を張り、軽く引き絞って感触を確かめる。

三浦は杖を両手で握り、震えるほどの魔力の伝導を感じていた。

美咲は錫杖を胸元に当て、祈るように目を閉じる。


浩一はため息をつき、呟いた。

「……駆け出しには過ぎた装備だな」


パーティの四人は互いに顔を見合わせ、目を輝かせていた。



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