第1章 1-18 退院の日

退院手続きを終え、病院の玄関を出ると、秋の光が眩しく目に差し込んだ。

その前に腕を組んで待っていたのは――娘の夢香だった。


「……遅い。何やってんのよ」

眉間に皺を寄せたまま、冷たい声。


「いや、色々手続きがあってな……」

浩一は小さく肩をすくめる。


夢香は背後を顎で示した。

黒塗りの車両が停まっている。ギルドの紋章が刻まれた特注車だ。


「ギルドの車。乗って」

「いや、別に電車でも……」

「いいから」


有無を言わせぬ声音に、浩一は観念して頷いた。


車に乗り込むと、夢香が口を開く。

「スタリーナさんから伝言。『いつでも家に来い。家族として迎える。仲間ごと面倒を見る』……だそうよ」


「随分と押しが強いな」

浩一は苦笑した。


夢香は小さくため息をつき、さらに告げる。

「桐生副支部長からも。『佐伯さんは既にギルド職員として採用が内定している。身の振り方をよく考えてください』」


「……どっちも重いな」

浩一は頭をかき、窓の外に視線を逸らした。


夢香はちらりと父を横目で見て、呟く。

「お父さんがソロでやりたいって言ったの、みんな本気で止めてたんだから」


その言葉に浩一は口をつぐみ、しばし沈黙した。

車は静かに走り出し、街の喧騒へと溶け込んでいった。


やがて、築五十年の古いマンションに戻ってきた。

外壁のひび、赤茶けた鉄の手すり、重たいガラス戸。

集合ポストにはチラシが詰まり、蛍光灯は半分が切れている。


(……俺の家だ)


夢香が先に降り、無言で玄関へ歩く。

浩一も後に続きながら、胸の奥に重く沈む感覚を覚えた。


ドアを開けると、色褪せたカーペット、黄ばんだ壁紙、使い込まれたソファがそのまま残っていた。

埃っぽさの奥に、確かにあった生活の匂いが混じる。


(ここで暮らしたんだ……家族三人で。笑った日も、喧嘩した日も。泣きついてきた夜も……)

思い出すほどに、胸は痛んだ。

(全部、俺が壊した。残ったのは取り返せない空っぽの部屋だけだ)


「……片付けくらいはしておいたわ」

夢香は小さくため息をつき、靴を脱いでリビングに入る。

振り返った彼女の視線は冷たくも優しくもなく――ただ、遠かった。


「……ありがとう」

浩一はそれだけを口にするのが精一杯だった。


重苦しい沈黙の中、時計の秒針だけが響いていた。


「……で? お父さんは――まだ冒険者を続けるつもりなの?」


「……ああ。続けるさ」


夢香の瞳が射抜くように細められる。

「……また壊すかもしれないのに?」


胸が抉られる。

それでも浩一は目を逸らさず、頷いた。

「それでもだ。――俺はもう引き返せない」


夢香の声が震える。

「なら、せめて……命を大事にして。こんなことは今回限りにして」


それは叱責でも命令でもなく、切実な願いだった。

浩一は小さく頷く。

「分かったよ。命は、大事にする」


夢香はまだ疑わしげに見つめていたが、やがて背を向ける。

「……信用はしない。でも、信じたいとは思ってる。――今回限りにしてよ。約束だから」


「……ああ。できるだけな」


ぎこちない約束を交わしたあと、夢香は玄関へ向かった。

「じゃあ帰る。無理しないで」


ドアが閉まる音が響き、静寂が戻る。

古いマンションの一室に、浩一はひとり取り残された。


テーブルの上に置かれているのは、黒革の布で包まれた一本の小剣。

――《ソウルイーター》。


布をめくった瞬間、空気が変わる。

刃は光を拒み、心臓の鼓動のように脈動していた。


次に、黒革の小手を取り出す。

それはすでに黒い金属へと変質し、籠手の姿を成していた。

触れれば、金属の下からかすかな脈動が伝わる。まるで生き物のように。


意識を集中すると、視界に青白い符号が浮かび、意味が頭に流れ込んでいく。


【鑑定結果】

《ソウルイーター》

・形態:神造宝具(小剣)

・効果:対象のHPと魔力を吸収し使用者に付加

・特性:防御障壁貫通/物理・魔術防御無効化

・副能力:影魔術使用権限

・備考:使用者との同調率に応じて進化の可能性


【鑑定結果】

《黒革の小手》 → 《影鋼の籠手》に進化

・形態:成長型宝具(防具)

・効果:魔力を蓄積し、衝撃吸収型バリアを展開

・特性:展開回数は使用者の魔力量に依存

・新能力:敏捷+5%、耐久+5%

・備考:成長途上。さらなる変質の可能性あり


浩一はしばし言葉を失った。

二つの宝具――常識を超え、なお進化を秘めている。

それが幸運なのか、それとも破滅の前触れなのか。


夢香の「命を大事にして」という言葉が、再び胸に重くのしかかる。


窓の外には夜の帳が降り、街に灯がともり始めていた。

古いマンションの一室で、浩一はただ、進化した宝具を見つめていた。

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