ムースと美琴の夏の思い出

モンブラン博士

第1話

心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉にムースは真っ向から異を唱える。

暑いものは暑い。

築五十年でクーラーもないアパートで猛暑をすごすのは地獄だった。

扇風機を回しても熱風が吹き付けるばかりで、冷蔵庫から取り出した水を飲んでも汗となって流れてしまう。

気力も体力も根こそぎ奪っていく暑さに、ムースはKO寸前だった。

ノースリーブにショートパンツ姿のムースは椅子に背中を預けて天井を見た。

上を見ても何も変わらないので正面を向き、同居人と目線を合わせる。

美琴は小首を傾げてから穏やかに微笑んだ。


「どうかしましたか?」

「美琴様は……どうしてそんなに平気そうですの……?」


美琴はこの日も白い上衣に黒のミニスカートという戦闘服で過ごしていた。

大和撫子の美琴に和装を基とした服は似合っているが、これ以外の服を彼女が着ている姿を見たことがない。

常時戦闘を意識しているということだろうかと考え、ムースは首を横に振った。

美琴は戦闘が大嫌いだ。単に好きだから着ているだけだと思い込むことにした。

それよりも問題なのは暑さである。


「何かいいアイディアはありませんの? このままではふたりとも溶けてしまいますわよ」

「ソフトクリームを食べにいくのはどうでしょうか」

「ソフトクリーム?」


聞いたことのない単語にムースが頭に疑問符を浮かべていると美琴が言った。


「冷たくておいしいお菓子のことです。近所のコンビニにありますから、ムースさんさえよければ一緒に行きませんか?」

「もちろん行きますわ!」


他ならぬ美琴の誘いでもあるし断る理由がない。それに暑さから逃れたかったしソフトクリームにも興味があった。

築五十年のアパートから出た美琴とムースはコンビニでソフトクリームを購入し、備え付けのベンチに腰掛け一緒に食べることにした。

白い渦が巻いているソフトクリームを凝視していたムースだが、美琴がおいしそうに食べるものだから自分もつられて食べてみる。

圧倒的な柔らかさと冷たさ、濃厚な甘さにムースは青い瞳を瞬かせた。


「おいしいですわ! おいしいですわ!」


連呼しながら食べ進め、あっという間に半分ほどがなくなったところでムースは自分が今、大好きな人と一緒においしいものを食べていることに気づいた。

美琴の美しい横顔を見て自然と頬が緩む。

五百年前からは考えられないことだ。

あの時から自分は大きく変わったとムースはどこか懐かしさを覚えた。


五百年以上前、国民を玩具と称して大量虐殺した罪で地獄監獄へとムースは収監された。

地獄とあの世の間にジャドウが作った宇宙中の凶悪犯ばかりを入れる監獄。

拷問はない。食事も与えられる。ただ、ひたすらに薄暗く孤独なのだ。

喋る相手もいない。脱獄は不可能。

しかも不老長寿にされていたので死ぬこともできない。

文字通りの無期懲役にムースは他の囚人たちと同じく自由を求めた。

家族はジャドウの兵糧攻めに遭い、わずかな食糧を自分に遺して死んだ。

カイザーの温情がなければ彼女も死亡していただろう。

命だけは助かったが、彼女にとっては生き地獄でしかなかった。

だからジャドウの手により仮釈放が与えられたときは天にも昇る気持ちで数百年ぶりの憂さを晴らし人々を遊び道具として殺しまくったのだが、そのときに美琴に出会った。

紆余曲折の末に彼女と戦い敗北することで、彼女は初めて拷問の痛みを身に染みた。

自分の行いが全て返ってくる圧倒的な恐怖体験により敗北した彼女は、自分の命の恩人であるカイザーの復帰をさせるべく再び出され美琴と行動を共にすることになる。

そこから彼女は少しずつ変わり始めた。

美琴と交流し、人を破壊することでしか満たされなかった心が別のもので満たされた。

それが美琴への愛だ。気づいたときには美琴を慕い、愛していた。

今では彼女のためなら命を犠牲にしてもいいとさえ思えるほどに。

回想から戻ってきたムースは残りのソフトクリームを食べる。

甘く柔らかく優しい味だ。


「美琴様はわたくしのことをどう想っているんですの?」


ふと、口をついて出た根本的な疑問に美琴は笑顔を見せる。全てを慈しむかのような瞳と口元で彼女は変わらない答えを言った。


「ムースさんはわたしのお友達ですよ」


友達。恋人ではない。

訊ねる度に突きつけられる現実。

どれほど交流を重ねても変えられない答え。

それでも、ムースは幸せだった。

自分の恋が一方通行でも実らなくても。

愛する人が存在しているだけで、彼女は救われていた。

美琴は赤いカチューシャを今日もかけている。

以前、一緒にデパートに出かけた際に購入したものだ。

外に出るときに彼女は必ずこのカチューシャをする。

ムースとおそろいになる。

さりげなく肩をよせて何でもない口調で言った。


「美琴様はわたくしが命をかけてお守りいたします」

「ふふっ。わたしも同じですよ」

穏やかに微笑み優しく頭を撫でられる。


悪と戦うスーパーヒロインはいつ命を落とすかわからない。

戦闘は激しく、敵は強くなっていく。

だからこそムースは合間に訪れる穏やかな日常を大切にしたいと願うのだった。


おしまい。

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