恋愛にやさしい嘘は存在するのか

美女前bI

 


 職員室の前で土下座をする女子高生。そいつは席が隣ってだけの単なるクラスメイトだ。彼女は俺の前で地面に向かい、ひたすら懇願する。


「お願いします。どうか、どうか私にご協力ください」


 生徒も教師も通る廊下でするものだから、当然俺たちは目立っている。


「協力してやれよ色男」


 どこかからそんな冷やかしの声まで聞こえてくる。俺は首を回して犯人を探す。ニヤニヤとしてる男子生徒と目が合った。知らない奴だ。


「そこの君、よく関わってくれた! 良かったな、ターゲットはあいつだ。行け、犬!」

「はいっ!」


 実は彼女のその協力の内容なんて俺も知らない。だって俺は職員室から出てきたばっかだもん。

 ただ目が合っただけで、彼女に土下座攻撃を受けたのだ。関わりたいわけないよね。


「ちょ、ちょっと、どういうことだよ。こ、この人どうにかしてくれよ、さっきの人!」


 知らない男子の悲鳴に似た声を背中で聞きながら、俺は教室へと黙って歩く。事情を知る前に声をかけたお前が悪い。俺だって何も知らないのに、説明なんてできるわけないじゃん。


 そして昼休みは終わる。

 隣の席の彼女が帰って来たようだ。


「おかえり、犬。協力してもらえたか?」

「ええ、余裕でした。ありがとうございます。教えてもらった土下座。恥ずかしかったけど、効果抜群ですね」


 教えたと言うか適当にこの前言っただけだ。まさか本当にやるとは俺も思わなかったよ。しかも言い出しっぺの俺に。


 あの時こいつは今にも死にそうな雰囲気で俺に尋ねた。面倒なお願いを渋々でも聞いてもらえる方法はないかと。そして俺が漫画読みながら、言った方法があれ。


「で、もう協力してもらえたのか?」

「はい。ほら!」


 そう言って、彼女が微笑みながら俺に見せたそれは、いわゆる薄い本と呼ばれているものだ。半裸で抱き合う青年とおっさんの絵が表紙に描かれていた。


「買ってきてもらいました。三年の早乙女先輩から」


 それくらいなら自分で買って来い。他人を巻き込むんじゃねえよと。そう言いたかったが言葉を飲む。


 早乙女先輩とは、早乙女鷹也のことだ。

 手癖が悪く、知り合うと男女関係なく体を求めてくるという噂があった気がする。そのきっかけ作りのために絵の勉強をして、BL本を売り捌いてるという噂も聞いていた。

 犬の頼みを聞いて断らなかったということは、その男子は噂を知らなかったということだろう。

 こいつ、俺になんてことさせようとしてくれたんだ。でも女のほうが危険か。


「いやあ、おかげさまでいいものが見れましたあ」

「そ、それは良かったな」

「はい!」


 ところであの男子は何をされかされたのだろうか。いいものが見れたとは?まだその本開いてないよね?

 ど、どういう意味なんだ?考えれば考えるほど混乱する。でもなんか怖いな。これ以上は関わりたくないし。でも気になる!


 怖いけど知りたい。知りたいけど怖い!


 すっと俺の机に近付く小さな手が視界に入った。


「あ、これお礼です。よかったらオカズにどうぞ」


 そう言って俺に差し出したものは食べ物、ではなくスマホだった。

 職員室前で俺に野次ったあの男子生徒と、早乙女鷹也のキス写真。うん、オカズではない。これは後味の悪い何かだ。


「気に入りませんでしたか?」

「俺が気に入ると思ったのか?」

「はい!」


 わからない。俺にはコイツがわからない。この写真のどこ……を。こ、これは……


「よく、やった」

「ですよね。西島くんなら喜ぶと思いました」


 喜ばないわけがないだろ。キス写真の後ろに見切れて写ってるのは、学校のマドンナと呼び声高い錦織先輩のパンチラだからな!

 思春期舐めんじゃないよ。まったく。


「でもあの人、錦織先輩って実は男の人なんですよね。知ってました?」

「んなわけねえだろ。あんな美人が男なわけ……」


 あ、あれ?

 よく見りゃこの人、喉仏があるような。いやでもそういう女の人はたまにいる。おかしいことじゃない。錦織先輩もそういう人なはず。だよな……


「でもだめですよ、あの人の心はあくまでも女性なんです。気持ち悪い目で見ないようにしてくださいね。私の部活の先輩でもありますし」

「わ、わかってるよ」


 俺の返事は合ってるかどうかわからない。ただそれしか言えなかった。


 でも先輩を気遣う彼女のそのやさしい嘘のおかげで、俺はかつて学校のマドンナと呼ばれたその人と結ばれることになった。

 彼女が付き合おうと思った決め手は、俺の紳士的な対応だったという。

 

 大親友となった犬は結婚式で語った。


「性別は愛を超えるんですね。今日は本当にごちそうさまでした」


 結論、やさしい嘘なんて存在しない。

 


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