1-2 美少女生徒会長は俺のファン?
何がどうなっているんだろう。俺は延々と疑問を抱えながら、時間になると言われたとおり学園近くのコーヒーショップ「珈琲倶楽部」に向かった。
とりあえず入口の前で待っていると、ほどなくして小走りしてくる聖川先輩が見えた。思いきり胸が揺れているのが遠目でもよくわかった。
「お待たせしました!」
「あ、いや、別に待ってはいないです」
「さあ、入りましょう!」
何だか有無を言わさぬ迫力だった。
席に案内されると、俺と聖川先輩は向かい合って座る。
「ここはわたしが奢りますから。ブレンドでいいですか?」
「は、はい」
注文を済ませると、また彼女から聞いてきた。
「このお店、入ったことは?」
「……たまに来ます。雰囲気がいいから」
「ですよね。わたしも中学生の頃からずっと通ってて」
この店は単にコーヒーを出すだけでなく、豆をその場で焙煎してくれる。そのおかげで店内はいつもいい香りが漂っていて、ふと思い立った時に来るのにちょうどいい。あまり大きくはない店だが、それがよかった。
「じゃあもしかしたら、ニアミスしたこともあったかもしれないですね? タダヒト先生」
「っ?」
「わたし、いわゆる『読み専』で。ずっとあなたの……タダヒト先生のWEB小説のファンだったんです。まさか同じ学園の後輩だなんて、思いもしませんでした」
思いがけない告白をする聖川先輩。頬が少し紅潮していた。
「俺の小説を……ずっと読んでくれてた?」
「もう三年くらいです。初めて十万文字書けたって近況を書いてましたよね。それがきっかけでタダヒト先生の作品を追うようになって。その時点で、もうプロ並みにお上手だなって。実は毎回コメントも送っていて」
聖川先輩はスマホを取り出し、投稿サイトのマイページを見せてくれる。
「この『マーマ』っていうのがわたしです」
「あの『マーマ』さんが、聖川先輩?」
「ふふっ、わたしのこと印象に残ってました?」
誰よりも印象に残っている。最新エピソードをアップする度に必ずコメントを残してくれる人の名前なんだから。
それも一行二行の簡素なものじゃなくて、かなりの長文を書いてくれる。今度はどんな感想を書いてくれるのかと、いつも楽しみにしていたくらいだ。
「最初にコメントを送った時、すぐに返信してくれましたよね。覚えていますか?」
「はい。他の人の何倍もの量のコメントで……細かいところまでちゃんと読み込んでくれているのがわかって、すごく嬉しかったです」
コーヒーが運ばれてきた。一口飲むと、彼女はさらに饒舌になった。
「いろいろな人の作品を追ってますけど、タダヒト先生はすごく執筆意欲旺盛ですよね。ほとんど休まないで、毎日のように更新して。その努力があってこそ、書籍化デビューすることになったんですよね! 今回受賞した『最強英雄は苦悩する』も夢中になって読みました。これが受賞しなきゃおかしいって思ってましたけど、本当に受賞できてよかった! 本を手に取るのが今から楽しみで楽しみで――」
矢継ぎ早に言葉を繰り出す聖川先輩だが、ひとまず制した。
「聖川先輩、すいません。先生っていうのは、やめてほしくて」
「……わかりました。では唯人くんでいいですか?」
「な、名前で?」
「わたしのことも、ぜひ名前で呼んでください。ひじりかわせんぱい、だなんて口に出しづらいでしょう? さ、どうぞ」
「…………ま、真天先輩」
「名前で呼んでくる男子、他にはいないんですから」
どこか蠱惑的な笑みを浮かべる真天先輩。
本当に? 全校男子が憧れてやまないこの人を、本当に俺だけが名前で呼べるのか……?
「ところで唯人くんは長文タイトル、付けたことがないですよね?」
「ん……考えたことはあるんですけどあまり性に合わなくて。でも一度くらい試そうかなとも思ってます。プロになったら悠長なことは言ってられないかもだし」
「目立つためには仕方ないのでしょうけどね。だからこそわたしも、シンプルなタイトルの良作を積極的に見つけようって思って。それも読み専の役目じゃないかなって」
「ああ、そういう人がいっぱいいてくれたら書き手としては助かります」
「好きなジャンルはなんですか? 書いているものからすると、やっぱり異世界ファンタジーですか」
「一番好きなのはそれですね。あとは現代ファンタジーもラブコメも好きですし、シリアスなドラマもわりと……」
俺たちはコーヒーを飲みながら、WEB小説談義に花を咲かせた。
真天先輩はおしとやかなお嬢様だとも聞いていた。予想外の勢いでしゃべってくるのは最初こそ驚いたが、気がつけば俺の語り口にも熱がこもっていた。
「出版不況って言われてますけど、俺はまだまだWEB小説には大きなチャンスがあると思ってます。すでに何冊も出しているようなプロともランキング争いしなきゃいけないのは確かに厳しいですけど、だからこそやる気が出ますよ」
「唯人くんは、ライバルが強ければ強いほど燃えるタイプなんですね?」
「プロの世界は結局どこだって、そうじゃないとダメじゃないですか? 先輩たちの間にどんどん入っていてアピールする勢いがなきゃ」
「わたしもそう思います! 書籍化だけで満足はしないですよね? ゆくゆくはコミカライズ、さらにテレビアニメ化……!」
「はは、そうなったらいいですね」
遠慮しないでおかわり頼んでくださいと言うので、お言葉に甘えて二杯も追加注文してしまった。
「ああ、楽しい。WEB小説を読む人、周りにはいないんです。共通の趣味を語り合えるのがこんなに楽しいだなんて。……あっ、唯人くんは趣味じゃなくて仕事ですよね。将来は専業作家としてやっていきたいんですよね?」
「はい。難しいでしょうけど、ますます書いて書いて書きまくって……仕事にしていきたいです」
「素敵です。わたしにも唯人くんの作家活動、応援させてくれますか?」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
外に出る。とっくに空は暗く、六時を回っていた。
「ごめんなさい、つい話し込んじゃって」
「真天先輩こそ大丈夫ですか?」
「生徒会の仕事が遅くなることも多いので、今ぐらいに帰宅することも珍しくないですよ。家はすぐそこですし。唯人くんのお宅は?」
「俺もわりと近くのマンションです。今の学園を選んだのも、単に近いからってだけの理由で」
「同じくです♪ そんなところまで共通してるんですね、わたしたち」
彼女の横顔を見つめる。店から零れる暖かな明かりと夜闇の間で、どこか幻想的にも思える美しさを放っていた。
「それじゃあ、今日はありがとうございました。またお会いしましょうね!」
手を振りながら去っていく真天先輩。俺はまだ心臓を高鳴らせながら、その姿が消えるまで見送った。
応援させてほしい――これからプロになろうという新人作家にとって、これほど嬉しく心強い言葉があるだろうか。
しかもお相手はあの聖川真天。WEB小説に登場するならS級美少女と呼ばれるのが確実なあの生徒会長が……ずっと俺のファンだった。
「うおおおっ! やるぞ俺はっ!」
*****
待ちに待った週末がやってきた。学校がなく、小説執筆だけに集中できる貴重な時間だ。
「よーし、書くか」
デスクにインスタントコーヒーを用意し、ノートパソコンを開く。
この土日でどれほど書けるだろうか。最低でも一万字が目標。二万字程度は余裕かもしれない。離れた場所で真天先輩が応援してくれていると思うと、今まで以上に筆が乗るという自信がある。
その時、ピンポーンと音がした。
……せっかく気合いを入れたところだというのに、誰だいったい。俺は仕方なくチェアから腰を上げた。
玄関のドアを開けると、飛び上がるほど驚いた。
「こんにちは、唯人くん」
制服でないから一瞬わからなかった。そこにいたのは、軽やかな白の半袖ブラウス姿の真天先輩だった。肩にはショルダーバッグを提げている。
「ど、どうしたんですか真天先輩? なんでうちが」
「そんなの名簿を見ればわかりますよ。急に押しかけてごめんなさい。事前に連絡できればよかったんですが、このまえアドレスを交換するのをうっかり忘れちゃって」
連絡先は俺も交換したかったが、そんなことを自分から言い出す勇気はなかった。
「そ、それで、どんな御用で」
「これからのことについてお話ししたいと思いまして」
「はあ、これからのこと……?」
真天先輩はその豊満な胸の前で、グッと小さな両拳を作ってみせた。
「あなたが人気作家になれるように、身の回りのお世話をさせてもらいたいです」
「へっ?」
「それで、わたしが専業主婦になるための練習をさせてもらえればと♪」
「へあっ?」
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