第11話 挽回のチャンス

 男装させるのはお仕置きわからせの一種で、ただの罰ゲームである。

 レアルは事あるごとに女性に対するマナーがなっていないと、姉たちからお仕置きとして女装させられている所為で、年齢に関係なく紳士的に振る舞うようになった。

 だがコモンの場合はマナー以前の問題だ。理由が意味不明すぎてついて行けない。

 基本的に勤勉だし真面目で行動も理に適っているのに、どうして妹のことになるとおかしくなるのか。


「ちょっとおしゃまなだけの妹に、コモンはどうしてそんなに厳しいんだ?」


 自分だったら絶対可愛がるのにと、レアルはジーニアスを見て思う。

 兄に構ってもらえないと言って、こっそり泣いている不憫すぎる姿にレアルは同情を隠せなかった。

 彼女はまだ五歳なのだ。知能は高くとも心と身体は幼いのである。


「どうしてなんだろうね?」

「いやそれはこっちが聞きたいんだけど!?」

「まぁ、ボクにもジーニーを苦手とする理由ぐらいはあるよ」


 悪役令嬢予備軍だからというのがそもそもの理由ではない。

 切っ掛けはコモンが庭で大切に育てていた果樹を、ジーニアスが使用人に命令して果実を蹴り落とさせていたことが発端だ。

 自分の力では果実が採れないからと、立場を利用して蹴り落とせていたのである。

 

「えーっと。それは、使用人にも問題があるんじゃない?」

「そうだね。だからその使用人らには罰を与えたよ」


 その罰とやらが何なのかは怖くて聞けない。だが仕えている家のお嬢様に命令されて逆らえないということもある。だから情状酌量の余地ぐらいはありそうなのだが。


「人間なのだから、梯子等の道具を使う知能ぐらいは最低限持っていて欲しかったんだけどね。動物ですら食べられる実とそうでない実の区別はつくでしょう?」

「ま、まぁな……」

「まさか自分の妹が『むしゃくしゃしてやった』なんてつまらない理由で、使用人を使って憂さを晴らしていたことにも驚いたけれどね」


 人に当たり散らすのも問題だが、物に当たるのだってしてはいけないことである。


「多分、ジーニーは寂しかったんだと思うけどなぁ……」


 血の繋がった妹よりも、庭の果樹の方ばかり構う兄に苛立ちを覚えたに違いない。

 しかもコモンは猫ばかりを可愛がっている。だから『むしゃくしゃしてやった』に繋がるのだろう。


「寂しいからと、思慮に欠ける行いをするのはどうかと思うけどね」

「いや、だから、まだ子供だし……」

「だってジーニーは自分を賢いと豪語しているんだよ?「これぐらいすぐにおぼえられないなんて、おにいさまはすいぶんとのんびりされていらっしゃるのね?」と言った口で、鬱憤を晴らすためだけに、果樹の実を全て台無しにする賢さだからね」


 呆れて怒る気にもならなかったと、コモンは冷たい目をして吐き捨てた。


「ボクの従魔もジーニーを嫌っているし、そういうことなんだろう」


 特に猫は信頼関係を築けない高圧的な態度の人間を嫌う傾向にある。

 だけど知能の発達していない子共であればまだ赦せたとコモンは言う。

 ギフテッドは知能の発達は早いけれど、その他は普通に成長していくものだ。

 泣いて謝れば多少はこちらも聞く耳を持った。


「庭の果樹の実がダメになったのは、ボクの所為らしい」


 やらかしたのはジーニアスだが、原因を作ったのはコモンだと言い張った。


「本当に、我が妹ながら他責思考すぎて手に負えないよ」

「そりゃ、知能は高くても、心までは成長してないからだよ」


 子供が構って欲しくて駄々をこねるのはよくあることだ。レアルも姉たちに「試し行動なんておこちゃまのすることよ」と言われて容赦なくお仕置きされた。

 姉ではなく兄が欲しかったと駄々をこねて酷い目に遭った(姉は全員男装して兄になり、レアルは女装させられて妹にされた)忌まわしい記憶である。

 どこまでやれば許されるか。どこまで受け入れてもらえるのか。わざと困らせることで自己主張をする心理的行動は、子供の愛情不足の訴えでもある。

 だがしかしジーニアスは、相手が最も嫌がる効果的な方法を取ってしまった。

 これも知能が高すぎるゆえの弊害だろう。ジャブから徐々に打ち込むのではなく、初手からクリーンヒットを飛ばすのもある意味才能だけれど。


「だから学ばせればいいんじゃないか?」

「学ばせるって、どうやって?」


 コモンは猫を愛するのと同じように、農作物にも愛情をかけて育てている。

 引き籠り気味だが、猫の世話と畑の管理は欠かさないのだ。

 動物や植物は良い。愛情をかければかけるだけ応えてくれる。そこには嘘も誤魔化しもなく、手を抜けば弱り手をかければ素直にすくすくと育つ喜びがあった。

 それを勝手な苛立ちから台無しにしたジーニアスを、可愛く思わなくなる理由とするのならば判らなくもない。

 伯爵令息なのに、そこまで熱心に農業に取り組むのもおかしいのだが、コモンのお陰でオーディナリー領は随分と豊かになった。

 だからこそコモンは、ジーニアスのやらかした試し行動が許せないのだ。

 己の欲求を満たすためだけに、食べ物を粗末にした。これは赦し難い罪であると。

 それはレアルも理解した上で、挽回のチャンスを与えてやれという。


「オレもねーちゃんたちにやられたから判るんだけどさ。やっちゃいけないこととか、言っちゃいけないことは、経験させてやるべきだと思うんだ」

「経験って、何をだい?」

「自分がされて嫌なことは、人にやっちゃいけないっていうだろ?」

「そりゃ、そうだけど。ジーニーは人に嫌なことをする方だよ?」


 される方ではないとコモンは言う。それにジーニアスはやられたらやり返すタイプなので逆効果のような気がした。しかも倍返し以上のことをやりそうである。

 コモンは庭の果樹の実を全て落とされた、あの日のことをまだ根に持っていた。


「教育的指導ってのはさ、望ましい方向へ導くって意味があるんだぜ……」


 オレもよく教育的指導を受けたもんだと、レアルは少しだけ煤けた表情で呟いた。

 妹を化け物扱いして閉じ込めておくより、人間らしく心を成長させるために様々なことを経験させた方が健全である。

 それにジーニアスは素直になれないだけで、十分反省していると思うのだ。

 謝る切っ掛けを作ってあげれば、きっとこの兄妹も普通になれる気がする。


「経験から学ぶっていうしさ、まずはお前の畑を見せてやれば良いと思うんだよ」

「え。ヤダよムリムリ。それこそ意味が判らないし、教育的指導でも何でもないじゃないか!」


 これ以上大切な農作物を台無しにされたくはないと、コモンは必死に拒否した。


「いいかコモン。お前が食べ物に異常に執着していることは判る」

「異常じゃないよ、普通だよ」

「傍から見りゃ異常なんだよ。良いから聞けって!」

「君は育ての苦労を知らないから、無神経なことを平気で言えるんだ」

「そうそれ!」

「それってなんだよ」

「育ての苦労を、ジーニーにも体験させてあげれば良いんだって!」

「はぁ?」


 男装させて町に連れ出すより、畑に連行して農作業に従事させた方が良い。

 そう言うとレアルは、コモンの自室に常に置いてある麦わら帽子を手に取った。


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