第10話 権力って怖いね

 前世の記憶が正しいのなら、コモンは生涯何者にもなれなかったし何者にもなろうとしなかった。

 頭の中では世界を守るヒーローであり、国家情報部のエージェントとして働いて、特殊能力持つため秘密組織から狙われていたりしていたけれど。

 現実ではただのしがないサラリーマンで。

 あんなこといいなできたらいいなを妄想しては己の心を慰めていた。


「これが……権力というものか……」


 だが目に見える形で権力という純然たる力を行使して自覚した。

 妄想は所詮、妄想でしかないと。


「今までは無能でバカでクズな人間が、何故あんなにも必死になって選挙に立候補してまで政治家になりたがっていたのか判らなかった」


 政治家なんて誰もやりたがらない学級委員長のようなもので、目立ちたがり屋か世話好きのボランティア精神あふれる者の選ぶ不遇職だと思っていた。

 そもそも前世のコモンは政治に興味がなく、不満を垂れ流していただけの一般人だったからだ。まぁ政治に興味を持たないように、愚民教育を受けていたともいえる。


「でも今なら判る。特殊能力でも世界を守るヒーローでもないのに、その職に就いているだけで権力という力を行使して、他人を支配し服従させる力が持てるからだ」


 しかもめちゃくちゃ高給取りであり、政治家という国家の犬として働く公務員でありながら、税金でのうのうと生活できる上級国民となり得る。

 世界を守ってもいないのにヒーローのようであり、汚職を働き政策に失敗すれば非難を浴びるけれど。それも鋼のような図太い神経さえあれば克服できる。

 普通の神経を持っていれば心を病むだろうが、その手の輩は非常に強く図太い神経を持つからこその成せる技だ。はっきり言って魔法よりも特殊な能力である。


「なんかこう、適当に耳障りの良いことを言っておけば、アホな民衆はアイドルか神のように崇めるからな……実際には何にもしてなくても。いや、ボクもそのアホな民衆のうちの一人でもあったな、何と愚かな……」


 純粋な心から世の中を良くしようと働いている政治家もいるけれど、そんなのは悪の政治家の前にはただのザコでしかなく。悪こそが正義とばかりに徒党を組んで、様々な罠を仕掛けてはまともな者たちを潰していた。

 まともな神経をしているから心を病んだり、卑怯な手で相手を陥れようとしないから負けていたのだろう。案外言葉通りの正義とは弱いものである。


「なるほど。権力とはこのようなものなのか」


 悪役令嬢になる可能性を秘めた妹を見て前世の記憶がよみがえったコモンだったが、自分が貴族という高貴なる生まれでテイマーという特殊能力を持っていても特に自覚をしなかった部分だ。

 正義は必ず勝つのではなく、暴力が問題を解決するだったか。

 だがそれらが言わんとすることは判る。


「権力とは、暴力なのだな……」


 権力者として生まれて初めてその力を行使したことで得た知見に、コモンは感動しそしてその力の凄さを畏れた。


「魔法も正しく使わなければただの暴力だしね。権力も似たようなものだけど、どちらも持っていると中々気付けないものだ」


 貴族であれば魔法も権力も持って生まれているだけに。

 庶民には判らない感覚である。


「これは、一度手を出したら何度も手を出したくなる危険な薬物と同じだね。解毒薬も特にないし、ジーニーには味あわせないように気を付けないと……」


 今でも我儘が過ぎるし、高い知能で大人を言い負かせているのだ。


「権力も用法用量を守って、正しく使わないと毒だもんね」


 当時コモンは御年五歳。伯爵家の跡取りとして大切に育てられ、テイマーとしての能力に目覚め始め、そして生まれて初めて権力によって罪人を罰した時に実感した得も言われぬ万能感。


「これが力に溺れるという感覚なのかぁ。いやほんと、権力って怖いね」


 前世にあった警察などの組織的な第三者を介入させず、司法のような機関もなく、領地の息子というだけで畑泥棒を罰しただけだけれど。

 この時代の治安維持には領主が責任を持つとはいえ、貴族令息という肩書を持つだけの五歳児に直接犯人を裁く権利を与えるとは恐ろしいものである。

 しかも暴君予備軍となるジーニアスに、その権力という毒の味を覚えさせてしまうとどうなるのか。コモンは想像するだけで恐ろしくなった。




「うん。それでお前がジーニーを外に出さずに、深層の令嬢みたいな扱いをしていることは判った。でも妹を可愛がってない理由にはなってないよな?」


 コモンがありとあらゆる権力でもってして、ジーニアスの外出を阻止していることをレアルは指摘した。

 というのも、兄に言い負かされた挙句、自室で泣いているジーニアスを憐れに思った侍女たちに頼まれたからだ。

 コモンがやっていること自体が正に職権乱用であり、横暴たる権力の行使である。


「それでは言わせてもらうが、君だったらどう罪人を裁くんだい?」

「え? 罪人を裁くって、どういう状況で?」


 レアルも同じく貴族令息ではあれど、罪人を直接裁いたことはない。そう言った場面に出くわさないこともあるが、意見を求められても姉という権力者によって押さえつけられている。

 弟にとって姉という存在は神にも等しいという洗脳教育をされているからだ。

 しかもの機嫌を損ねると、彼女たち女神の気がすむまで女装の刑に処せられることもあった。なので権力を持っているという感覚自体が全くない。と言ったことをコモンに簡潔に伝えた。


「ふむ。君の姉上とは気が合いそうだね」

「そういう気の合い方はして欲しくねぇんだけど!」


 女心をいうものをコモンに教えるべく、姉に会わせようとしていたレアルの目論見は木っ端みじんに砕けた。

 これはダメだ。混ぜるな危険の文字が頭に浮かぶ。


「女心を学べって言ってんだよっ!」


 少なくともレアルは幼少より姉たちから女性の扱いを徹底的に教育されて来た。

 罰として処される女装の刑も女心を学ぶ教育の一環である(ということになっている)。

 幼心にも荒くれ者の多い港町を視察として姉たちが歩けば、女神降臨とばかりに崇める漁師や船乗りの姿を見ては凄いと感じたものだ。

 女神扱いなので懸想する者などいないし、いたとしても彼女たちに敵う者などいやしない。中でも長女は輸送船を襲う海賊船を撃沈するだけの能力もあり、特に恐れられていた。


「なるほど。レアルの姉上たちは、かなりの実力者のようだね」

 

 しかも権力と暴力の使い方も実に上手そうだとコモンは感心した。

 美しさだけに留まらず、領民を守るべく能力を有効活用しているとは素晴らしい。

 金に物を言わせて着飾るだけの貴族令嬢とは一線を画している。

 まぁ、レアルの姉たちがジーニアスの教育に良いかどうかと言えば、それはどうかな? といったところだけれど。

 民を虐げている訳ではないし、虐げているのは弟のレアルだけだから害はない。


「君は身体を張って、彼女たちのストレスを解消させているんだね」

「誰もそんな話をしていないんだけどな!?」

「かと言って君の女装なんて見たくはないんだけどね」

「お前に話すんじゃなかった! チクショーメ!」


 何故そんな同情的な目で自分を見るのだとレアルは突っ込む。

 女心を判ってやれという話をしていたはずだったのに、どこをどう切り取ればそう言う解釈になるのだ。


「レアルのようなアホだけど素直な弟を持つ姉上が羨ましいな」

「アホは余計なんだけど!」

「要するに、弟を妹のように扱うとこうなるということは、その逆もまた然りってことかな?」

「ちょっと待て。なんか嫌な予感がするんだが!?」


 しかもそんな風に解釈する要素などどこにもないはずだ。


「ジーニーを男装させて町に連れ出せば、何かやらかしてもどこかの貴族令息の仕業として誤魔化せるかもしれないよね?」


 そうだそうだ。それならオーディナリー伯爵家のご令嬢の悪名や醜聞が出回る心配もない。遠い親戚の高慢で高飛車な悪ガキがやらかしたこととして処理してしまえばいいのだ。


「だから、そう言う話をしてるんじゃねぇんだって!」


 権力を持つと怖いという話から、どうしてこうなったのだ。

 そしてコモンはその権力を使ってジーニアスに男装させようと企んでいる。


「ごめんな、ジーニー。オレ、全然力になってやれなくて、ほんとゴメン……」


 目上の兄弟姉妹というものは、どうしてこうも横暴なのか。

 改めて実感するレアルなのであった。


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