聖母へユリを

有理

聖母へユリを

「聖母へユリを」



大鳥 由貴(おおとり よしき)

水野 由佳(みずの ゆか)


※自殺表記、過激表現がございます。苦手な方はご注意ください



水野「大鳥。」

大鳥N「プライベートをあまり話そうとしない彼女。だから、初めてだった。誕生日が嫌いなことを知ったのは。」

水野「大鳥。」

大鳥N「そうやっていつも、けたけた笑う。だから今回も大丈夫だと思っていた。」


水野「…来ないで。」


大鳥(たいとるこーる)「聖母へユリを(まりあへユリを)」


______


水野N「私の母は、可哀想な人だ。子供の頃からそう聞かされて生きてきた。だから私は幸せなのだと、幸せであらねばならないのだと。…笑わなければ。幸せそうに楽しそうに笑っていなければ。だって、母より母に比べたら私なんて私の不幸なんてちっぽけにすぎないのだから、」


大鳥「水野?」

水野「ん?」

大鳥「考え事?」

水野「え、なんで?」

大鳥「ぼーっとしてたから」

水野「違うよー。あ、あれ見てたの。あの看板」

大鳥「あー、“ネコを信じなさい”」

水野「いたずらされてるね」

大鳥「神だったのにね」

水野「…大鳥はさ?神さまって、信じてる?」

大鳥「宗教の話?」

水野「そ。」

大鳥「俺んち、宗派なんなんだろ」

水野「そういうことじゃないよー!もう」

大鳥「そんくらい、信じてはない。あー、でも正月に初詣くらいは行く。んで、健康でいられますようにとか都合のいいお願いはしてる。」

水野「あー、本当都合いいなあ。でも大鳥らしいっちゃ、大鳥らしいか」

大鳥「え、水野は?」

水野「んー?」

大鳥「めちゃくちゃ信じてる教祖様いたりとか?」

水野「何で」

大鳥「わざわざこんな話してくるってことはさ」

水野「たまたまあの看板見たからさ」

大鳥「そうだろうけど」

水野「あ、でも。」

大鳥「ん?」

水野「私は信じてる。」

大鳥「そうなんだ」

水野「初詣は行かないけど」

大鳥「行かないんだ」

水野「行かない。大鳥よりもっと薄情か」

大鳥「な。」

水野「ね、今日何買って飲むー?」

大鳥「えタコパって言ってたじゃん」

水野「たこ焼き焼けるの時間かかるじゃん!その間何で飲むの!塩?ソース?また調味料で飲めっていうの?」

大鳥「じゃあスーパー寄るか…せっかく昨日買い出し行っといたのに」

水野「あ、もう済ませてくれてたんだ」

大鳥「だって、そりゃ、前い…もういい!」

水野「何」

大鳥「ほら行こ。」

水野「ん」


大鳥「あ、そういえばさ。知ってる?山の上のイルカ公園。」

水野「イルカ公園?」

大鳥「イルカの遊具もないしイルカの絵もないのにイルカ公園って名前の公園があってさ、そこで何年か前に女の人が亡くなったんだ。」

水野「そうなんだ」

大鳥「そこ、ずーっと立ち入り禁止になってたんだけどやっと撤去されるってなってもう何ヶ月も経つんだけどさ。一向に進まないんだよ。」

水野「なんで?」

大鳥「分かんない」

水野「え?」

大鳥「幽霊なんじゃないかーって言ってた。」

水野「はは」

大鳥「今でもさ、桃とユリの花が供えられてるんだって。」

水野「…」

大鳥「…水野?」

水野「桃、美味しいもんねー!」

大鳥「ああ、水野も好きだもんな。」

水野「ね。」

大鳥「…あ、桃缶あるけど買う?」

水野「桃缶は違うんだよなー!」

大鳥「そうなの?」

水野「そ。」

大鳥「えー。」

水野「何」

大鳥「いや、別に」


水野「何にするー?」

大鳥「水野が好きなやつでいいよ」

水野「じゃあお刺身にしていい?」

大鳥「え、たこ焼きに刺身?」

水野「好きなのにしていいって今言ったのに」

大鳥「言ったけど。合わなくない?」

水野「すぐ食べられるよ?」

大鳥「まあ、そうだけどさ」

水野「スピードメニュー!」

大鳥「それなら、冷やしトマトとかもろきゅうとか」

水野「冷やさなきゃじゃん?きゅうり切らなきゃじゃん」

大鳥「…」

水野「ん?」

大鳥「そんなにスピード重視なの?」

水野「うん」

大鳥「仕事が早いわけですねー」

水野「何それー」

大鳥「水野と同じ職場の人が言ってたよ。ほら同じ大学の」

水野「えー?」

大鳥「花田さん?」

水野「あー、花田ちゃん」

大鳥「水野さん仕事早すぎて怖いって。この前駅前で会ってさ。久しぶりーって。」

水野「へー!悪口大会開催しなかった?」

大鳥「したかも?」

水野「したのか」

大鳥「ないでしょ。悪口、でてこないでしょ。」

水野「どうかなー。」

大鳥「自覚あんの?」

水野「んー?人によるでしょ?そういうの。」

大鳥「そう?」

水野「ありがた迷惑って言葉もあるくらいだし。ね?」

大鳥「まあ、確かに。」

水野「親切心だって、時には人を傷つけちゃうんだからさ。」

大鳥「深いこと言うじゃんか。」

水野「でしょ」

大鳥「でも花田さんは言ってなかったよ。」

水野「そっか。よかったー!」

大鳥「確かに距離感大事だもんなー」

水野「うん。本当に。」

大鳥「現に縮めたかったりするし」

水野「ん?」

大鳥「いや。」

水野「何?本当に嫌なの?お刺身」

大鳥「本当に刺身にするの」

水野「え、嫌?」

大鳥「…いいけど…」


水野「お邪魔しまーす!」

大鳥「どーぞ。」

水野「なんか、妙に片付いてない?彼女でもできた?」

大鳥「もしできたなら、呼びません」

水野「それもそうですね」

大鳥「俺キッチンで手洗うから、水野向こうで洗ってきなよ。」

水野「うん。」

大鳥「準備するから、座ってて」

水野「手伝うよ」

大鳥「いいよ。ほとんどもう終わってるから運ぶだけだし。」

水野「そう?」

大鳥「うん。」

水野「飲んでていい?」

大鳥「それは待ってて」

水野「はいはい」

大鳥「このハケでさ、油塗ってて。」

水野「分かった。」

大鳥「…あのさ、水野」

水野「んー?」

大鳥「これ。」

水野「ん?」


水野N「差し出された、黒い小さな箱。その中身は開けずとも分かった。」


大鳥「順番違うんだけどさ、考えて欲しくて。」

水野「…」

大鳥「本当は明日言いたかったんだけど。俺明日仕事で帰り遅くなりそうだったから、どうしても今日しかなくてさ。」

水野「…」

大鳥「こうやって水野と笑って過ごせたらどんなに幸せかなって、俺思うんだよね。どんなことでも乗り越えられる気がするんだ。だから、考えて欲しい。」

水野「…」

大鳥「…水野?」


水野「あ、あー。はは、あ。ははは。そっか。ありがとう。ありがとね、大鳥。こ、れ、たっかいやつじゃん!奮発させちゃったじゃん!ごめん、!」

大鳥「給料貯めたからね、そりゃこの日のために」

水野「あはは、そっかそっか。まさかこんなサプライズが待ってるなんてなー!びっくりだった!」

大鳥「…水野。返事は」

水野「…大鳥、私考えてもいい?はは、びっくりしちゃって!こんなのノリで返事していいものじゃないでしょ?こういうのってさ!」

大鳥「うん、もちろん。じゃあこれ、渡しとくから」

水野「…うん」

大鳥「…開けないの?」

水野「せっかくだから明日にしようかな」

大鳥「明日さ、俺やっぱり会いに行ってもいい?」

水野「…えー。いいよ。」

大鳥「いや、毎年そうやってお祝いさせてくれないのなんでなんだよ」

水野「大人になってまでいいって」

大鳥「今回は特別、いいだろ。」

水野「…」

大鳥「だめなんだ?」

水野「あはは」

大鳥「誕生日嫌い?」

水野「バレた?」

大鳥「なんで?」

水野「えー?んー、お母さんがね。昔からお祝いしてくれたの。ケーキと好きな料理と家族でテーブル囲んで歌歌ってーって。理想の一幕でしょう。それが当たり前だったのね、でもある日ばっと終わったのよ、それが誕生日の日に。テーブルにねーひとりぼっちで料理はなくてショートケーキが入った箱がポンって置かれてて。妹がいたんだけど泣き叫んでどっか行って、お母さんはその妹を追って行って、お父さんはその日に出て行っちゃって以来帰って来なくて。ねー。それからトラウマよ。お誕生日なんか大っ嫌い。あはは。だから祝わなくていいの。」

大鳥「水野…」

水野「ね?だから、来なくていいよ。」

大鳥「…あの」

水野「ほら、ひっくり返さなきゃ!焦げちゃう!」

大鳥「あ、ああ」

水野「タコパってちょっと闇鍋っぽくない?」


大鳥N「けたけた笑う彼女はいつも通りで。だから、大丈夫だと思った。いつも通りだと思った。プロポーズの返事だって当たり前にOKだって確信していた。」


大鳥N「水野とは同じ大学の同じゼミ生で、いつ誘っても返事はOK。居心地も良く明るい彼女に次第に惹かれていった。でもプライベートはいつも話してくれない。彼女の家に上がったことはなかった。会うのはいつも自分の家か店。聞いてもいつもやんわり濁していた気がする。だから、初めてだった。誕生日が嫌いなことを知ったのは。」


水野「じゃあね、大鳥。」

大鳥「送るよ」

水野「いいよ、そんなに遠くないし」

大鳥「でも」

水野「明日早いんでしょ?」

大鳥「…まあ」

水野「じゃ、おやすみ」

大鳥「…水野。」

水野「ん?」

大鳥「誕生日、おめでとう」

水野「…」

大鳥「日付、変わったから。」

水野「…あ、はは、ははは、…あ、りがと、」

大鳥「気をつけて帰れよ」

水野「はは、は。うん、…じゃあ。」


大鳥N「大丈夫だと、思った。」


大鳥N「大丈夫だと」


大鳥N「思っていた。」



大鳥N「次の日、9月1日に水野 由佳は自宅の浴室で亡くなった。」


______


大鳥N「仕事が終わり、くるなと言われたもののコンビニでショートケーキを買って水野の家に向かった。オートロックなしのアパート。それも一階に住む彼女は防犯面においていつも不安しかなかった。インターフォンを鳴らしても返答はなく部屋は21時とそこまで遅くはないもののもう真っ暗だった。電話をかけても一向に出ない。開かないと分かっていながらドアノブに手をかけた。しかし、ガチャ、と最も(いとも)簡単に開いてしまった。」


大鳥「な、」


大鳥N「初めて入った彼女の部屋は、期待していた彼女の部屋ではなかった。理想の部屋ではなかった。明るい彼女の面影が、ガラガラと崩れていく。彼女の、水野の顔が頭の中でドロドロと溶けていく。荒れ果てた部屋。何もない家具。限界、の2文字だけが浮かぶ。」


大鳥N「ふと、光がチラつくものが目に入った。水野の携帯電話だった。その隣に昨日自分が渡した黒い小箱。開けられた形跡はない。そしてロックのかかっていない携帯電話を手に取ると、凄まじいメッセージが目に焼き付いた。俺は水野 由佳という人間を初めて知った。」


大鳥N「差出人は水野 偗悟(みずの たかのり)。どうやら父親のようだった。」


水野「お父さん。お金、送っといたから。もう、電話かけなくて大丈夫だよ。」

大鳥「お金、送ってたんだ。父親に」

水野「大丈夫だよ。お母さんには言ってないから。でも、今月はもうこれ以上は厳しいんだ。だからごめんね。」

大鳥「何度も送ってるんだ」

水野「ううん。お母さんには本当に一度もお金送ってること言ったことないよ。今まで一度も言ったことない。お父さん、仕事は見つかった?再就職大変かもしれないけど見つかるといいね」

大鳥「父親、仕事してないんだ。」

水野「お父さん、ごめんね。責めてるわけじゃなくて、応援してるって意味で書いただけ。ごめんね。」

大鳥「…」

水野「違うよ、言ったことないよ。お母さんに言ったことない。お父さんが私が小さい頃私にしてた事、私お母さんに一回も言ったことないよ。本当だよ。別々に暮らしてからも一回も話したことないよ。だから大丈夫、捕まったりしない。」

大鳥「なに、これ」

水野「それにもう時効だよ。大丈夫、私が大丈夫って言ってるんだから大丈夫だって。お父さん。」

大鳥「…」

水野「お父さん。お母さんが離婚を言ったのはそれが理由じゃなくて、お父さんが働かなかったからだよ。だからね」


大鳥N「ここまで読んだところで、狭いワンルームに彼女の姿がないことに今更気がついた。携帯もここに置いたまま、不用心に鍵もかけず一体どこへ。ふと、ぽちゃん、と水滴の音。キッチンは視界に入る、ということは浴室だろう。携帯を床に置き、立ち上がる。音の方へ向かって近くのスイッチをつけた。そこには、真っ赤な浴槽と」


大鳥「っ、」


______


水野「もしもし、…うん。ありがとう。ううん、実家には帰らない。仕事、まだ終わらないの。うん。…え?家、来たの?…なんで?お母さん、用があるときは連絡してって言って…何あの部屋って…私の部屋だよ。」


水野「…ガッカリした?…はは。お母さんはいつも私を完璧に育てたーみたい言うけど、ちっともだよ。私はお母さんとは違う。私はお母さんにはなれない。私はたったちょっとの不幸せでも我慢できないよ。」


水野「ねえ、お母さん。覚えてる?私が15歳の誕生日の日。それまで誕生日はみんなでお祝いしてたのに、楽しい日だったのに、その日、しめし合わせたみたいにさ、家族がバラバラになったの。テレビだけがついてて。忘れちゃったよね。私は忘れられない。今でも誕生日ケーキ見るたび、誕生日おめでとうって言われるたび、吐きそうだよ。お母さんがこうやって電話くれるの嬉しいけど苦しい。…ごめんね。こんなこと死ぬまで言うつもりなかったのに。一生隠していくつもりだったのに。ごめんね。お母さんが初めてお母さんになった日なのに。…ごめんね。」


水野「…ううん。来なくていいよ。…来ないで。…じゃあ。」


水野「…」


水野「…」


水野「…」


水野「…あーあ。」


水野「もうお終いだ。」

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