第20話

「い、いや、えっちの練習って……。こんなベッドの上で……」

「だから、でしょう?」


 愛歌のいたずらっぽい声が聞こえてきた。

 確かに愛歌の言う通り、本気で「えっちの練習」をしたいなら、ベッドの上でやるのが適切だ。


 本気でやるなら、だ。


 そもそも、俺としては「えっちの練習」って何なんだよという疑問がある。

 そういう行為は恋人とやるものだろう。


 いや、今更だけど……。


 でも、今、こんな時にそんなことをしたら、本当に一線を越えてしまう。

 真剣に話し合わなくては考え、寝返りを打つ。


「その、愛歌。俺たち、幼馴染同士とはいえ……男女だし。ちょっと冗談ではすまない……」

「冗談じゃないけど?」


 愛歌はムッとした顔をする。

 それから妖艶な笑みを浮かべた。


「例えばだけどさ、奏汰君。もし好きな女の子とこうして添い寝することになったら、何もしないの?」

「え、えっと……」


 いや、今がそのシチュエーションなんだけど。

 などと、言えるはずもなかった。


「本番でちゃんといいムード作れなかったら、困るでしょう?」


 以前にも聞いたような理屈だ。

 あの時は結局、お互いにハグするだけで終わった。


「ほら、私のことを好きな人だと思って……シてみて?」


 思っても何も、俺の好きな人は愛歌だ。

 だから愛歌と愛し合うことに抵抗はない。むしろできるならシたい。


 今のこの展開は俺にとって、とても都合の良い状況だ。

 だからこそ……。


「愛歌はいいのか?」

「何が?」

「……好きな人とじゃなくて」


 それは最終確認。

 理性の枷を外してもいいのか、それとも気をつけながら進めばよいのか。


「そ、それは……」


 愛歌は悲しそうに目を伏せた。

 それからこちらを見上げ、ニヤっと笑みを浮かべた。


「構わないわ。だって、私が冷めたらその時点で終わりだから」

「ふーん?」

「どうせ、奏汰君が上手にできるはずないし?」


 愛歌はニヤニヤっと生意気な笑みを浮かべながら、俺を挑発した。

 あぁ、なるほど。


 愛歌にとってはいつもの冗談なわけか。

 ……腹が立ってきた。


「じゃあ、本気でやるから」

「え、ええ……望むところよ」





 俺が愛歌を睨み付けると、愛歌も俺を睨み付けてきた。


 俺は睨み合ったまま、愛歌の手を握る。

 それから二の腕を触り、抱きしめる。


 愛歌の体の柔らかさ、体温がじんわりと伝わってくる。


「んぁ……」


 愛歌が俺の耳元で嬌声を上げる。

 このまま強引に襲いかかりたくなる気持ちを抑え、俺は愛歌の上に覆い被さった。


「な、何……?」

「ジっとしてろ」


 俺は愛歌の耳に唇を近づける。

 くすぐったそうに愛歌は身じろぎする。


「もしかして、いつもの息を吹きかけるやつ? ワンパターンね。そ、その程度で、私、クラっとしないから。や、やめた方が……」


 ギュッと愛歌に体を強く抱きしめられる。

 どうやら緊張している様子の愛歌の耳元で俺は囁いた。


「好きだ、愛歌」


 ビクっと愛歌の体が大きく跳ねた。

 ドキドキしながら俺は愛歌の顔色を伺う。


「ふぇぇ……?」


 愛歌は呆けた表情を浮かべていた。

 俺はそんな愛歌の目をジっと見つめる。


「ずっとずっと、昔から好きだった」


 愛歌は大きく目を見開いた。

 彼女の顔がみるみるうちに赤く染まる。


「え? な、何を急に……」

「だから好きだって言ってる」

「そ、そんなこと、きゅ、急に言われても……」

「好きな人だと思って。そう言ったのは、愛歌だろう?」

「な……」


 愛歌の表情が固まる。

 それから悔しそうに俺を睨み付けてきた。


「あ、あれはそういう意味じゃ……」

「ムード作る時に、好きって言葉は言うだろう? 普通」

「そ、それは……そうかも、だけど」

「愛歌も俺のことを好きな人だと思っていいよ」


 俺がそう伝えると、愛歌は驚いた顔をして、それからいつもの生意気な笑みを浮かべた。

 そして両手で俺の肩に手を回し、引き寄せてきた。

 愛歌の唇が俺の耳に近づいてくる。


「奏太君、好き。愛してる」


 背筋がゾクっとする。

 好きな人から「好き」「愛している」と言われるのは、言いようもない快感だった。


 それが俺に向けられた言葉じゃないとしても。


 いや、違うな。

 だからこそ……。


「俺も好きだ、愛歌!!」

「あ、ちょっと……か、奏汰君?」


 俺は告白の勢いのまま、愛歌の頬に唇を押し当てた。

 白い首筋に唇を這わせ、強く吸う。

 この子は自分の物だと、証を刻みつける。

 愛歌が誰のことが好きだか知らないが、今、彼女と愛し合っているのは俺だ。


「愛してる。このままずっと、一緒にいてくれ」

「こ、この……私のことじゃないくせに!」

「痛!」


 ガブっと、愛歌に首を噛み付かれた。

 そして強く吸われる感覚。

 ゾクゾクとした快感が全身に走る。


「ふふ、お返しよ。あ、ちょっと……耳は反則!」


 愛歌の耳に息を吹きかけ、甘噛みする。

 そして愛の言葉を囁きかける。


「好きだ。結婚してくれ!」

「わ、私も……好き! 大好き!! 私だけを見て!!」


 互いに見つめ合う。

 愛歌の瞳の中に俺の顔が映る。


 顔を近づけると、愛歌は目を瞑った。

 俺はそんな彼女の額に唇を落とす。


「奏汰君……んっ!」


 互いに体を縺れ合い、上下を入れ替え、キスを繰り返す。

 そして……。


「ま、愛歌……」

「か、奏汰君……」


 互いの唇が重なった。

 一瞬にも永遠にも感じられる時間が経ち、互いの唇が離れる。


「えへへ、キスしちゃった」


 愛歌は嬉しそうに微笑む。

 その表情があまりにも可愛く、愛おしく、俺は再び愛歌の唇を塞ぐ。


「ちょ、ちょっとぉ……」

「嫌なら嫌って言えよ」

「い、嫌じゃないけど……休憩……んっ!」


 愛歌の唇を何度も塞ぐ。

 すると愛歌はムっとした顔で俺を睨みつける。


「こ、この……!」


 反撃と言わんばかりに愛歌は俺の唇にキスをする。

 互いに唇の形を確かめるように、這わせるように、啄むようにキスを交わし、気持ちを交わし、想いを交わし、そして……。







 気が付いたら朝になっていた。


「はぁ、はぁ……」

「ぜぇ、はぁ……」


 窓から差し込む朝日で、俺たちはようやく時の経過に気付いた。

 途端に疲労と眠気に襲われる。


「……もう、寝ましょう」

「うん、そうだな……」


 結局、スキンシップだけで一晩過ぎてしまった。

 勿体ないような気持ちもありつつ、しかし例え様の無い満足感があった。


「その前に……一つだけ、いい?」

「うん?」

「おやすみの挨拶……して?」

「あぁ……うん。分かった」


 気恥ずかしい気持ちになりながらも、俺は愛歌の唇にキスをした。


「おやすみ、愛歌」

「おやすみ、奏汰君」


 俺たちは一先ず、眠りについた。




_______________





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