第19話

 気がつくと、映画は終わっていた。


 俺はシャワーを浴びて来ると言い残すと、早足で浴室へと向かった。


「……俺は何をしているんだ」


 頭から冷水を被りながら、ため息をつく。

 いくら愛歌に挑発されたからって、押し倒すのはダメだろ。


 ……愛歌、怒っていないだろうか?


 そういう雰囲気は見せていなかったけれど、やはり嫌われていないか心配になる。

 機嫌を取っておかないと。


 しかし愛歌も愛歌だ。

 いくら幼馴染の関係とはいえ、あんなことをするなんて……。


 相手が俺だったから、良い物を。

 他の男にあんなことしたら、大変なことになる。


 というか、許せない。


 ま、まあ、今のところ、愛歌の側にいるのは俺だから。


 他に好きな人がいるらしいけど、そんな雰囲気の男を見たことがないし。


 きっと、遠いところにいて、愛歌の一方的な片想い的な感じなのだろう。


 ……俺の方が近くにいるのに、遠いところにいる男に負けるのは、かなり屈辱だが。


「愛歌、上がったから。次、入っていいぞ」

「うん……って、ちょっと!」


 浴室から出て、服を着て、髪を拭きながら俺はリビングに向かう。

 そんな俺を出迎えた愛歌は、少し赤らんだ顔で俺を睨みつけていた。 


 な、何だよ……。

 まだ、怒っているのか?


「そ、そんな薄着で出てこないでよ!」

「えぇ……?」


 薄着って……確かに上半身は薄い黒の肌着一枚しか着てないけどさ。

 でも、透けているわけでもないし。


「そんなこと言ったら、愛歌の方が……」

「私はこの下に下着、つけてるから」


 いや、でも肌の面積は愛歌の方が多いだろ。

 それに女の上半身と男の上半身は違うし。


 男は上半身裸でも問題ないが、女は問題しかない。

 そういう意味で考えれば、愛歌の方がよっぽど危うい恰好をしているわけで、彼女に文句を言われる筋合いはない。


 ……ないけど。


「私がシャワー浴びている間に、何か羽織っておいて!」

「あぁ、うん。……分かりました」


 つい先ほど、愛歌を押し倒してしまった負い目から、強く出られなかった。

 悶々とした気分になりながらも、俺はリビングで愛歌を待つ。


 三十分ほどして、愛歌が出て来た。







「……お待たせ」


 白い肌を紅潮させた愛歌が脱衣室から出て来た。

 お風呂上がりの女の子というのは、少し新鮮だ、


 思わずドキドキしてしまう。

 一方の愛歌は少し恥ずかしそうな表情で目を伏せ、それから何かを期待するような表情で俺を見上げた。


「あー、麦茶飲む?」

「……飲む」


 俺は氷を入れたグラスに麦茶を注ぎ、愛歌に手渡した。

 愛歌はそれをグビグビと一気飲みする。


 そして俺にグラスを返した。


「ありがとう。……それと」

「お、おう」

「……何か、言うことないの?」


 愛歌はムスっとした顔で俺を見つめた。

 不機嫌になる一歩手前という感じだ。


「あー、うん、その……似合ってる。可愛いな。その寝間着」


 愛歌が来ていたのは白いレースとフリルで飾られたネグリジェだった。

 ファンタジーのお姫様が着てそうな感じの、ドレスみたいな寝間着だ。


 メルヘンチックで男の俺から見ても、直球で「可愛い」と思えるが、一方で下手なやつが来たら服に着られそうなデザインである。


 言うまでもなく、愛歌は完璧に着こなしていた。

 超可愛い。


「ふふん、でしょう?」


 俺が褒めると愛歌は途端に上機嫌になった。

 愛歌にとっての、よそ行きの寝間着なのだろうか?


 いや、寝間着によそ行きはおかしいか?


「普段から着てるのか?」

「え? あぁー、うん……」


 何気ない俺の問いに愛歌は言葉を濁した。

 俺、変なこと聞いたか?


「毎日、着ているわけじゃないわ」

「あ、そうなんだ」

「ま、まあ、値段も高いし。何着もあるわけじゃないから。……お泊まり用、かしら?」


 それもそうか。

 洗濯とか大変だろうし、こういう“お泊まり”とかの日に着るのだろう。


 あれ? でも、愛歌が女友達を家に招いたり、逆に女友達の家に泊まりに行ったなんて話を聞いたことないが……。


「べ、別に奏汰君に見せるために買ったわけじゃないから! か、勘違いしないでよね!!」

「も、もちろん!」


 そ、そういうのは恋人とか、好きな人にやれよ……。


 俺くらいしか、泊まりに行く相手がいないのは分かるけどさ。

 勘違いしたくなるだろ!


「ところで奏汰君。この後……どうする?」

「この後?」


 気が付くと愛歌は俺のすぐ側まで近づいて来ていた。

 ネグリジェのレースがエアコンの風に揺られ、俺の二の腕を擽る。


「映画、見る? それとも、何かゲームする? それとも、ちょっと早いけど……寝る? そ、それとも……」

「あ、そうだ。ケーキ食べる?」

「わ、私……え? ケーキ? あるの?」

「あるよ」


 俺は冷蔵庫を開けて、中から洋菓子の箱を取り出した。

 開けるとそこには六種類のケーキが入っていた。


 母が事前に買っておいてくれたものだ。

 誕生日に仕事になって申し訳ないと思ったらしく、わざわざ高い店で買って来てくれた。


 気を遣わなくてもいいのに。


「二つは愛歌のだから。好きなの、選んでくれ」

「じゃあ……遠慮なく」


 俺たちはそれぞれケーキを二種類ずつ選び、食べ始めた。

 高いだけあって美味しい。


「ね、ねぇ……奏汰君?」

「うん?」


 ケーキを半分ずつ食べ進めたところで、愛歌がモジモジとしながら俺に擦り寄って来た。

 こういうのは何か、お願いごとがある時だ。

 それも恥ずかしい内容。


「いや、その……それ、美味しい?」

「……味見したい?」

「うん!」


 俺はフォークでケーキを切る。

 そして妙にそわそわしている愛歌の皿の上にケーキを乗せてやった。

 すると愛歌は口をへの字に曲げた。


「どうした?」

「……いや、別に」

 機嫌が少し悪くなった様子の愛歌は、俺が切り分けたケーキを口に入れた。

 少し口元が緩む。


「どう?」

「……美味しい」


 しかし声音は不満そうだった。

 何が気に入らなかったんだ?


 もしかして、「あーん」して欲しかったとか。


 いや、まさかね?







 ケーキを食べ終えた後、俺たちは普通にゲームをして遊んだ。

 もはやホラー鑑賞会でも何でもなくなってしまった。


 まあ、楽しかったしいいけど。

 そして就寝の時間になったのだが……。


「ふふ、こうして一緒に寝るの……幼稚園児の時、以来じゃない?」

「そ、そうだっけ?」


 俺たちは同じベッドの中にいた。


 愛歌が一緒に寝たいと言い出したからだ。

 何でも、ホラー映画を見て怖くなってしまったらしい。


 寝る間際になって、「怖いから一緒に寝よう」と騒ぎ出したのだ。


 もちろん、俺は抵抗したのだが「奏汰君、幼馴染と一緒に寝るくらいで意識しちゃうの?」「もしかして私が魅力的過ぎて、襲いたくなっちゃうの?」などと挑発された。


 そうだよ。


 好きな女の子と一緒に寝るなんて、意識して当たり前だろ!

 寝たくても寝れなくなるだろ!!


 などと言えるはずもなく、こうして愛歌と一緒にベッドの中に入ることになってしまった。


「でも、小学生の時に俺のベッドでお漏ら……」

「あれはノーカン!」


 小学生の時に俺のベッドの中でお漏らししたことはなかったことにしたいらしい。


 でも、あれは深夜に愛歌が俺のベッドの中に勝手に潜り込んだだけだ。


 そう考えると、最初から一緒に眠るのは、幼稚園児の時以来かもしれない。


「うふふっ……」


 愛歌は楽しそうに笑う。

 常夜灯の中で浮かぶ愛歌の姿は、どういうわけかいつもより大人びて見えた。


 気恥ずかしくなった俺は愛歌から背中を向ける。


「もう、寝るぞ」

「ダメ」

「お、おい……」


 後ろから抱き着かれた。

 愛歌の体温と柔らかい膨らみの感触が背中から伝わってくる。


「私、まだ寝たくないなぁ」

「い、いやでも、もう遅いし。明日、学校だし」

「ちょっとくらい、夜更かししてもいいじゃん」


 俺と一緒に眠る。

 そんな非日常的な行為に気分が高揚しているらしい。


 修学旅行の夜みたいなテンションだろうか?

 この様子だと、常夜灯を消しても寝てくれないだろう。


「楽しそうだな」

「え? ま、まあ……ちょっと目は冴えてるけど。でも、別に奏汰君と一緒だからじゃ……」

「お化けが怖いんじゃなかったのか?」

「……こ、怖いわよ?」


 何だ、今の間は。

 やっぱり、怖いの何だのというのは嘘じゃないから。


「こわーい、守って」


 そして完全に開き直ったのか、棒読みの声でそう言った。

 それから足を絡めて来る。


 柔らかいレースと素肌の感触が下半身から伝わってくる。


「ねぇ、もうちょっと遊びましょうよ」

「遊ぶって……具大的には? またゲームでもするのか?」

「うーん、そうね。じゃあ、せっかくの機会だし……」


 もぞもぞと愛歌がベッドの中で動いた。

 何事かと警戒していると、俺の耳を愛歌の吐息がくすぐった。


「えっちの練習とか」


 背筋がゾクっとした。



_______________





愛歌ちゃん可愛い、面白いと思った方はフォロー・評価(☆☆☆を★★★に)して頂けると、嬉しいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る