第21話

 結局、眠ることができたのは数時間だった。

 寝不足のせいで朝から気怠い気持ちで愛歌を待っていた。


「愛歌のやつ、しっかり痕を残しやがって……」


 俺は少しだけ痛みが残る首筋に手を置いた。

 そこには大きめの絆創膏、そしてその下には愛歌が残した歯型があった。


 昨晩、愛歌が俺の体に残した痕跡だ。


 いつの間にか、帰ってきていた母に指摘されて気がついた。

 母からは「どれだけ激しい一夜を過ごしたの?」と真顔で聞かれてしまった。


 まさかキスしただけとは言えない。というか、信じないだろう。


 俺は愛想笑いでごまかすしかなかった。

 学校で同級生に聞かれたら、どう答えようか。


 などと考えていると……。


「あ、おはよう。奏汰君」

「おはよう、愛歌」


 愛歌が現れた。

 彼女も少し眠そうだ。


 俺はそんな愛歌の首に視線を向けた。


「ふふ、どう? 奏汰君。早速、つけてきたの」

「あぁ……、うん、ありがとう。似合ってるよ」


 やっぱり首輪に見える。

 俺は愛歌の首のチョーカーに対し、そんな印象を抱いた。

 何だか背徳的な感じがして、ドキドキしてしまう。


「奏汰君は……あ、良かった! ちゃんとつけてきてくれたのね」

「もちろん」


 俺は右手を上げて、愛歌から贈ってもらったブレスレットを見せる。

 デザインは同じではないが、似ているのでお揃いに見える。


 ペアルックみたいで、少し嬉しい。

 ……それ以上に恥ずかしいけど。


「じゃあ、学校に行こうか」

「ちょっと待って」

「何だよ」

「いつもの、してないでしょ」

「……さっき、しただろ?」

「それとこれは別でしょ?」


 ジーっと愛歌は俺の顔を見つめてくる。

 断れる雰囲気ではない。


「じゃあ、横を向いて」

「そっちじゃなくて」

「じゃあ、何だよ」

「言わないとわからない?」

「……いや」


 言葉にしなくても、愛歌が何を求めているのか分かった。 

 それを実行に移すのはとても気恥ずかしい。


 だが、やらないと愛歌はこの場から動かないだろう。


 学校に遅刻してしまう。


 だから仕方がない。


 俺はそんな言い訳をしながら、あらためて愛歌に向き直る。


「目、瞑れ」

「……うん」


 愛歌は目をつむると、つま先立ちになり、顔を上に向けた。

 俺はそんな愛歌の顎に手を添え、その顔に自分の顔を近づける。


「おはよう、愛歌」


 愛歌の唇に自分の唇を押し当てた。

 プニッと柔らかい感触が唇越しに伝わってくる。


「うん、おはよう。……奏汰君」


 愛歌は目を開けると、はにかみながらそう言った。








「あ、おはよう! 二人とも」


 私――天沢小百合は登校してきた幼馴染カップルの二人に挨拶した。

 二人はどういうわけか、少し眠そうにしている。


「おはよう……」

「うん、おはよう」


 そしてどういうわけか、鷹羽君の首筋には大きな絆創膏があった。


 まさか……。

 と思い、姫宮さんの首筋を確認する。


 絆創膏やキスマークのようなものはない。

 どうやら二人で熱い夜を過ごしたから寝不足というわけではないらしい。


 しかし別の物を見つけてしまった。


「ところで姫宮さん、その首のチョーカー……可愛いね! どうしたの?」


 まさかとは、思うけどね。


「あ、これ? ……その、誕生日プレゼントで貰って。えへへ」


 姫宮さんは嬉しそうに微笑み、それから鷹羽君に視線を送る。

 鷹羽君は照れくさそうに頬を掻いた。


 嘘でしょ……。


「そうなんだ。素敵だね!」


 社交辞令で一応褒める。

 しかし恋人にチョーカーを贈るのは、重すぎる。


 そしてそれを堂々と学校に装着していくのも、重い。


 贈るにしたって、もうちょっと無難なデザインがあるでしょ。

 そんな犬の首輪みたいな……いや、確かに可愛いけど。


 前から思っていたけど、この二人、重いな……。

 どうしてこれでお付き合いしていないのか、理解できない。







 それからすぐに朝のSHRが始まった。

 授業が始まる前、私はこっそりと鷹羽君にメールを送った。


『どうしてチョーカーを選んだの? 姫宮さんが欲しがったの?』


 プレゼントを二人を選べとアドバイスしたのは私だ。


 しかし同時に私は「指輪とかは重いし、ブレスレットとかネックレスがいい」とアドバイスもしたはずだ。


 私のアドバイスをガン無視したのか。


 それとも鷹羽君の脳内ではチョーカーは重くないのか。

 少し気になったのだ。


 しかし返ってきた答えは意外な物だった。


『ブレスレットと間違えた』


 良かった、鷹羽君は普通だった。

 ……いや、普通は間違えないか。


 前から思っていたけど、鷹羽君って絶対に天然だよね。

 姫宮さんが好きな人を、自分以外の人だと思っているし……。


「天沢さん」

「え? あ、何?」

「次、体育だよ? 移動しないと」


 姫宮さんに声をかけられ、私はようやく気づいた。

 もう教室には私と姫宮さんの二人しかいない。


 私たちは早歩きで更衣室まで向かう。

 今日は初めての水泳の授業だ。


「私、水泳の授業、嫌いなんだよね」

「どうして? 涼しくていいじゃん。あ、泳げないとか?」

「泳げるけど……寒くない? 特にこの時期は。日焼けするし……」

「うちは屋内だから、そんなに寒くないよ」

「あ、そう言えばそうだったね! それはちょっと嬉しいかも」


 そんな話をしているうちに、プールに併設された更衣室にたどり着いた。

 私たちはいそいそと水着に着替え始める。


「そ、そう言えば……その、天沢さん」

「うん?」

「その……この前、奏汰君と二人で出かけてたけど。あれって……」


 探りを入れるような声音だった。

 そりゃあ、彼氏が自分以外の女の子とコソコソデートしてたら気になるよね。


「鷹羽君から姫宮さんへのプレゼントの相談をされて。あまりお役には立てなかったけど」

「あ、そうなんだ! 良かった!!」


 姫宮さんの顔に笑顔が戻る。

 疑いは晴れたようだ。


「あ、そうだ! 二人とも、昨日、お誕生日だったんだよね? 実はプレゼントに焼き菓子を買ったの。後で姫宮さんに渡すから……二人で食べて!」

「ありがとう! そう言えば天沢さんの誕生日っていつ頃?」


 私たちは巻きタオルで体を隠しながら、水着を着る。

 着替え終えたのはほぼ同時だった。


「わぁ……」

「どうしたの?」

「いや、スタイルいいなって……」


 姫宮さんはハイカットの競泳水着を着ていた。

 ただでさえ長い脚がさらに長く見える。


 加えて体の凹凸もくっきりと浮かび上がり、そのスタイルの良さを強調させていた。

 こんなスタイルの良い彼女がいるなんて、鷹羽君は世界一幸せな男子だろう。


 いや、まだ付き合ってないんだっけ?


「ちょ、ちょっと……見ないでよ。恥ずかしいから」

「鷹羽君が羨ましいなぁ。私も姫宮さんみたいな彼女が欲しいな!」


 もちろん、冗談だ。欲しいのは彼女じゃなくて、彼氏だ。 

 恋人がいない夏休みを過ごしたくないので、そろそろ作りたい。


「あぁ……うん。まだ彼氏じゃないけどね……」

「まだ?」

「あ、いや、何でもないから。うん!」


 どうやら姫宮さんの認識でも、鷹羽君とは付き合っているわけではないらしい。


 チョーカーつけてるのに?


 意味がわからない。


「あ! 姫宮さん。そのチョーカー、外さないと」

「え? あ、あぁ!! そうね。忘れてたわ」


 姫宮さんは慌てた様子でチョーカーを外した。

 そして私は思わず目を見開いてしまった。


「そ、その痕……」

「え? あぁ、これ!? 昨日の夜、大きな虫に刺されちゃって!!」


 姫宮さんは恥ずかしそうに、しかしなぜか自慢するように虫刺され痕を隠した。


 随分と大きな虫がいるなぁ……。


「そ、そうなんだぁ」


 そんなわけ、あるか!


 キスマークじゃん! 


 やっぱり、交尾してるじゃん!!



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