第8話

 下校時間。


「「……」」


どういうわけか愛歌の口数は少なかった。

 不機嫌というわけではないが、何かを考えている様子だ。

 そして時折、俺の方へとチラチラと何か言いたそうに視線を向けて来る。


「愛歌」

「奏汰君」

「「……」」


 意を決して話しかけたら、被ってしまった。

 気まずい。


「愛歌からいいぞ」

「奏汰君からどうぞ」

「「……」」


 仕方がない。

 俺から用件を言おう。


「その……“練習”のこと、なんだけど」

「れ、練習!? な、何……?」


 俺の言葉に愛歌は身構えた。

 そこまで警戒されると少し傷つく。


「いや、やっぱり、何でもない」

「そういうのは一番、気になるから! 最後まで言って!!」


 途中まで言いかけたことを撤回すると、愛歌に睨まれてしまった。

 愛歌の言うことももっともである。


「実は……シたいことがあって」

「へ、へぇ、シたいことね。……内容にもよるけど、何?」

「えっと……だな」


 自分から言い出すのはやはり緊張する。

 嫌だと言われないだろうか。

 嫌われたりしないだろうか。

 そんな不安の中、俺は言葉を絞り出す。


「二人三脚」


 口に出してから、顔が熱くなるのを感じた。

 あんなリア充向けの競技を一緒にやりたいだなんて、「恋人になりたい」と言っているようなものだ。


 恥ずかしい……。


 俺は一度目を伏せてから、意を決して愛歌の顔色を確認する。


「……え?」


 愛歌は口をぽかんと開けていた。

 そんな提案をされるとは思ってもいなかったという表情だ。


「どうして……?」

「ど、どうしてって……だから“練習”の一環として……」


 高校一年の時、初めて男女二人三脚を見た時。

 俺は愛歌とやってみたいと思った。


 好きな女の子と密着して、息を合わせながら走るなんて、最高の競技だと思う。

 いや、もちろん恥ずかしいと言えば恥ずかしいが……。

 それよりも楽しさが優るだろう。


 何より……。

 愛歌が好きな男、とかいうどこの馬の骨か分からない男に、俺たちの仲の良さを見せつけたい。


 愛歌は俺の幼馴染だって、周囲に示したい。

 そんな欲求があった。


 ……でも、愛歌が俺なんかと一緒にやりたくないと思うなら。

 恋人と勘違いされたくないと思うなら。


「い、いや、やっぱりやめよう。今のはナシ……」

「そ、そうじゃなくて!」


 吐いた言葉を撤回しようとすると、愛歌から止められた。

 愛歌の顔は真っ赤だった。 

 嫌悪の色は……ない。


「天沢さんじゃなくていいの?」


 ……?


 なぜそこで天沢の名前が出てくるんだ?

 好きでもない、親しくもない女の子と二人三脚しても、気まずいだけで楽しくない

だろ。


「何で?」

「い、いや、何でって……」


 思わず聞き返すと、愛歌は困惑の表情を浮かべる。

 愛歌は視線を泳がし、そして恐る恐るという様子で口を開いた。


「さっき、天沢さんから……誘い受けてたじゃん」

「あ、あぁ……」


 天沢さんから誘われてるんだから、私じゃなくて先に天沢さんを誘った方がいいんじゃない?

 という話か。


 確かにどうして他の女子じゃなくて、愛歌に頼むのか。

 それを説明するのは少し……恥ずかしい。


「冗談だって言ってただろ」

「でも、その前に断ってたじゃん。……恥ずかしいって。私はいいの? どうして?」


 どうしてって……天沢と二人三脚をしたいとは思わなかったからだけど。

 好きでもない女の子と二人三脚なんて、気まずいだけだろ。

 しかしこれを言ったら「愛歌のことは好き」と同じになってしまう。


「天沢とは……緊張するかな。上手く走れるとは思えない」


 緊張というよりは、気を遣うが正しいだろうか。

 愛歌のことは信用しているので「痴漢」とか騒がれることはないと思うけど、天沢が何を言うのかは分からない。


 悪い子ではないと思うけど、まだ知り合って間もないし。


「き、緊張ね……な、なるほど。だから練習……」


 俺の返答に愛歌は納得してくれたらしい。

 俺はホッと息を付く。


「それで……えっと、どうだ? 愛歌は、その……二人三脚。やりたくないか?」


 恋人だと勘違いされたら大変。


 愛歌は二人三脚について、そう言っていた。

 愛歌には好きな人がいる。


 俺と一緒に出場することで、その人に「俺が愛歌の恋人」だと勘違いされることは、愛歌にとっては都合が悪いだろう。


 今までの“えっちの練習”は人気のない場所、二人きりのところでしていた。

 公衆の面前で恋人みたいなことをするのとはわけが違う。


 断られるのは覚悟の上だ。


「……いいよ」


「え?」


 しかし愛歌はあっさりと許可をくれた。

 ダメと言われると思っていたこともあり、変な声を出してしまった。


 それがおもしろかったのか、愛歌はクスクスと笑った。


「奏汰君から言い出したことじゃん。どうして驚くの?」

「いや、別に……」

「私は嬉しいよ? 奏汰君の方から“練習”したいなんて言い出すなんて」


 うりうりうり!

 と愛歌は口で言いながら俺を肘で突きまわして来た。

 な、なんか、恥ずかしい……。


「やめろって……! ところで、愛歌の用件は何だったんだ?」

「私の用件?」

「声、被っただろ。愛歌も言いたいことがあったんじゃないのか?」


 俺の指摘に、愛歌は赤らんだ頬を掻き始めた。

 視線を泳がせ始める。 


「あー、うん。何だっけか……忘れちゃった」

「ふーん」


 本当か?

 誤魔化しているようにしか見えないけど。


「ま、まあ、覚えてないってことは大したことじゃないわ。きっと」

「そうか?」


 都合の悪いことを誤魔化していないか?

 しかし追及したところで、教えてくれることはないだろう。


「私たちより息の合った男女なんか、あり得ないし。優勝間違いなしでしょ」

「どうかな。息が合うことは否定しないけど、二人三脚はやったことないし」


 身長も走力にも差があることを考えると、意外と難しいんじゃないだろうか。

 もっとも、だからこそ練習を数多くやらないといけないし……。

 それだけ愛歌と触れ合える。


「ちゃんと走れるようになるまで、練習しようね。天沢さんを……あー、学校のみんなに見せつけてあげましょう」

「……何で天沢?」


 咄嗟に誤魔化したようだが、確かに愛歌は「天沢」と口にした。

 俺たちの仲の良さをみんなに見てもらえることは悪くないとおもうけど。

 どうして天沢個人に?


「あー、えっと……天沢さん、陸上部だったらしいから! 私の足の速さを見せたいなって!」

「それならリレーとか、徒競走の方が……」

「私と二人三脚、やりたいんでしょ!?」

「あぁ、まあ、うん、そうだけど」


 顔を真っ赤にした愛歌に睨まれた。

 違和感は覚えつつも、しかし不機嫌になられて「やっぱりやめる」とか言われたら困る。


 俺は頷くしかなかった。

 そしてそんなことをしているうちに、家の前に到着してしまった。


「今日はどうする?」

「今日は……一度、家に帰ってシャワー浴びるよ。体育あったし」

「そう。じゃあ、一度お別れね」


 愛歌はそういうと自然な仕草で横を向いた。 

 そして視線だけを俺に向けて来た。

 俺は頷くと、ゆっくりと屈み、愛歌の頬に唇を押し当てた。


「また後で」

「……うん」


 愛歌ははにかむと、俺の肩に手を置き、背伸びをした。

 頬に愛歌の唇が押し当てられる。


「じゃあ、また」


 愛歌はそう言うと、恥ずかしそうに小走りで家の中へと入っていく。

 俺は愛歌にキスされたばかりの頬に手を当てる。


 まだ熱い。


 心臓の鼓動は収まることを知らず、激しく高鳴っている。


 慣れる気は全くしなかった。



_____________

次回、ラブラブ二人三脚。


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