第9話

 俺と愛歌の二人三脚の申請は無事に通った。

 問題があるとしたら、誘いを断った上で別の人と出場することに天沢がどう思うかだが……。


「あ、やっぱり出るんだ」


 と、天沢は笑っていた。


 特に気にした素振りはなかった。

 やはりあの時の「私と一緒に出るとか……どう?」は冗談だったのだろう。


 もしかしたら天沢は俺のことが好きなのでは……?とそんな可能性が脳裏を過ったのだが、杞憂だったようだ。


 俺が心に決めた女の子は愛歌だけだ。

 他の女の子に言い寄られても困るだけ。


 一安心だ。






 そんなこんなで体育祭、当日。


「それにしても二人で同じ競技なんて、小学生の時以来じゃない?」

「そうだな。……少し懐かしい」


 別に体育祭に限らないが、中学生以上になると男女別になる機会が増える。

 必然的に愛歌の体操服姿をしっかり見るのは久しぶりだ。


「まあ、小学生の時とはいろいろ、違っているけどね」


 愛歌は腕を組み、まるで強調するように胸を張った。

 愛歌は胸が大きい。

 お腹周りも細いので、それとのギャップで余計に立派に見える。

 そしてそれは体操服という、体型が浮き出やすい衣服のせいでより強調されているように見えた。


「どこ、見てるの? 奏汰君」

「何のことだ?」


 目を逸らすが、しかし俺の視線が愛歌の胸部に向かっていたことはバレバレだったようだ。

 愛歌はニヤニヤと笑みを浮かべながら、肘で俺を小突いて来た。


「やーい、奏汰君のむっつりスケベ」


 愛歌はケラケラと笑う。

 完全に揶揄われている。

 とても悔しいが、反論できない。


 男はおっぱいに勝てないのだ。それが好きな女の子なら、尚更だ。


「私、そんなに魅力的に見えちゃう?」

「……別に」


 我が校の体操服はそこそこお洒落だ。

 野暮ったいゼッケンとかはなく、襟付きで胸元にはボタンが二つある。

 だから愛歌みたいな美少女が着ると、まあまあ映える。


 なお、個人的にこの体操服の有能ポイントは女子ズボンがクォータパンツである点だと思う。


 ハーフパンツよりも丈が短いので、足が長く見える。

 愛歌は足が細くて長い美脚なので、とても似合う。

 魅力的に見えないわけがない。


「馬鹿言ってないで、準備するぞ。……練習時間も少ないし」

「むぅー」


 愛歌は不満そうに頬を膨らませた。

 しかしすぐに機嫌を取り戻す。


「そんなに私とくっ付きたい?」

「ちゃんと練習しないと危ないってだけだ」

「素直じゃないなぁ」


 愛歌は上機嫌だ。

 そんなに俺を揶揄って、弄ぶのが楽しいか?

 ……どこかのタイミングでやり返したいな。


「ほら、足出せ。結ぶから」

「うん」


 俺は手拭で互いの足――愛歌の右足と俺の左足を結ぶ。

 それから慎重に立ち上がった。


「肩、触るぞ」

「うん」


 一言、断ってから俺は愛歌の華奢な肩に手を置いた。

 少し手を伸ばせば、胸に手が触れてしまう。

 そう考えると少し緊張した。


「どさくさで、おっぱい触らないでね?」

「触るわけないだろ!」


 偶然か、それとも女の勘か。 

 邪な考えを言い当てられた俺の心臓は、早くもオーバーヒートしそうだった。

 な、何か、手汗が出て来た……。


「背中、触るね」


 一方の愛歌は俺の背中に手を回し、脇腹近くの体操服を手で掴んだ。

 何だかむず痒い。


「ほら、奏汰君。ちゃんとくっついて」

「くっついてるけど」

「もっと! ちゃんと体を合わせないと危ないよ?」

「……わかったよ」


 言われるままに俺は愛歌の肩を抱き直した。

 引き寄せるようにしっかりと掴む。

 すると愛歌も体の側面を俺の体にピッタリとくっつけてきた。

 ムニっと柔らかい物が押し当てられるのを感じた。


「そうそう、それでいいの」

「おい、動くなよ……」


 愛歌は体をひねるように左右に揺らした。

 すると愛歌の柔らかい胸部がペチペチと俺の体を叩いた。


 こ、こいつ……もしかして、わざとか?


「どうしたの? 奏汰君」

 愛歌はニヤニヤと生意気な笑みを浮かべながら俺を見上げてきた。

 やっぱりわざと俺に当てている。


「別に」


 しかしここで「胸を当てるな」と言っても、愛歌はそれを認めないだろう。

 それどころか「えー、奏汰君。ちょっと胸が当たったくらいで意識しちゃうの?」と俺をからかってくるに違いない。


 相手にしないのが一番だ。


「まだ少し時間あるし、軽く練習しようか」

「ふふ、そうね」


 最初はゆっくりと、徐々にペースを上げながら俺たち校庭の隅を走る。

 当然だが、胸が上下に揺れる。 


 先程とは少し違う感触で愛歌の胸を感じる。

 これはちょっと、ヤバいかもしれない。




「うん、悪くない感じ。これなら大丈夫そうね」


 軽く運動したせいか、互いの体操服が汗で湿り始めた。 

 汗で体操服が肌に張り付く。

 白い下着が透けて見える。


「どうしたの? 奏汰君」

「い、いや、別に!?」


 え、えろ過ぎるだろ……。


 心臓のドキドキが止まらない。

 俺はもう、ダメかもしれない。


 その後も愛歌からのわざとらしい誘惑攻勢は続いた。

 俺はそのたびに分かりやすく反応してしまった。

 男としてこんなに情けないことはない。


 ……こんなに幸せなこともないけど。


 それでも俺は何とか耐え切り、二人三脚を乗り切った。


 え? 結果?

 俺たちがぶっちぎりの一着だよ。

 当たり前だろ。






「ふふ、楽しかったね。奏汰君」

「ああ。やってよかったな」


 愛歌に揶揄われ、弄ばれたのは悔しいが、それを補って余りある幸福があった。

 誘って良かった。

 来年も絶対にやろう。

 誰にも渡さない。


「あの、奏汰君? ちょっと肩、痛い……」

「あぁ、ごめん」


 少し力が入り過ぎてしまったらしい。

 俺は慌てて手を退けた。


「もう競技も終わったし、解くか」


 これ以上、足を結んでおく必要はない。

 名残惜しいが……しかしずっとこのままというわけにもいかない。

 主に俺の理性という意味で。


「えー、もうしばらく一緒にいない?」

「いや、でも競技終わったし……」

「別にいいじゃない。解くの面倒だし」


 ムニっと、柔らかい物が体に当たった。

 愛歌はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を見上げる。

 っく……。


「ま、まあ……別にどうでもいいけどさ」

 俺は屈するしかなかった。

 悔しい。


 愛歌の誘惑に屈した俺は、彼女と脚を繋いだまま、体育祭を観戦することになった。

 二人三脚の次は男女混合リレーだ。

 そして走者の一人は天沢だった。


「おぉ、天沢、早いなぁ」


 男子と相手にいい勝負する天沢の姿に、俺は思わず声を上げた。

 元陸上部と聞いていたが、流石というべきか。

 でも今は陸上部には入ってないんだよな……。


「私だって、早いし」


 何故か、隣で愛歌が頬を膨らませた。

 小学生じゃないんだから、そんなことで張り合っても仕方がないだろ。


「知ってるよ」


 俺がそう答えると、愛歌は「ふふん」としたり顔を浮かべた。

 ムカつくけど可愛いな……。


「どう? 私、早かったでしょ」


 しばらくして、リレーを終えた天沢が戻ってきた。

 走ったばかりだからか、彼女の肌は紅潮しており、ほんのりと汗ばんでいた。

 少し艶っぽいなと思ってしまった。


「想像以上だった。すごいな。入賞したこととかあるのか?」

「まあね。それにしても……やっぱり動くと暑いね」


 天沢は胸元のボタンを外し、パタパタと仰いだ。

 隙間から白い肌がチラっと覗く。

 露骨にならないように、俺はそっと目を逸らした。

 愛歌と目が合う。


「……そうね。ちょっと暑くなって来たわね」


 すると愛歌も胸元のボタンを一つ外した。

 仰いでいないのに、胸の谷間がチラチラ見えている。

 自然と視線がそこに吸い込まれ……俺は慌てて顔を上げた。


「どこ見てるの?」


 どこには生意気な笑みを浮かべた愛歌がいた。

 罠と分かっていながら、引っかかってしまった。


「昼からもっと暑くなるのよね。あーあ、憂鬱」


 愛歌はそんなことを言いながら、ボタンをさらに一つ外す。

 そして胸元をパタパタと仰ぎ始めた。

 白い下着がチラチラと覗いている。


「おい、愛歌。……やめろよ」


 別に俺にそういうことをするのは(よくはないが)、いいとしよう。

 でも、ここには他の男子の目もある。


 事実、周囲の男子たちが愛歌の艶っぽい姿と仕草に気付き始めた。

 視線が集まっているのを感じる。


 愛歌は俺の幼馴染だぞ。

 勝手に見やがって……。

 イライラしてきた。


「えー、何のこと?」


 しかし愛歌は周囲の様子に気付いていないのか、それともどうでもいいのか。

 ニヤニヤと俺を挑発するばかりだ。

 きっと指摘してもやめないだろう。


 ……これ以上、他の男子に愛歌のそういう姿を見せるのは、我慢ならない。


「……ちょっと、こっちにこい」

「え? あ、ちょっと……待ってよ! そ、そんな強引に……」


 俺は愛歌の肩を抱くと、強引に引っ張るように歩き始めた。

 互いの足は結ばれているから、俺が歩き始めたら、愛歌は従うしかない。


「お幸せにー」

 どこか間の抜けた天沢の声を聞きながら、俺は愛歌を校舎裏に連れ出した。




「ここでいいだろ」


 ここなら人気がない。


「な、何よ……こ、こんな場所に連れて来て……」


 愛歌は心配そうにキョロキョロと周囲を見渡す。

 もしかして、今更、俺のことを警戒し始めたのか?

 その警戒心は俺以外の男に使えよな。

 そもそも今更だし。


「愛歌」

「え? っキャ!」


 俺は結ばれた足を軸足に、回転するように体の向きを変えた。

 愛歌の正面に立つと、彼女を後者の壁際に追い込んだ。


「な、何……?」


 不安そうな愛歌の胸元に俺は手を伸ばした。

 すると愛歌はギュッと目を瞑った。

 俺はそんな愛歌の胸……ではなく、体操服を掴んだ。

 そしてボタンを留めた。


「うっ……え?」

「俺以外の男の前で……こういうことはするな」


 一つ、二つ。

 俺は愛歌の体操服のボタンを留めて、露出していた胸を隠した。


 ……よし。


 愛歌の胸を見て良いのは俺だけだ。

 もちろん、触って良いのも。



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