第24話 夏の模試、尊い距離感
八月も終わりに近づいた頃。
真夏の暑さはまだ衰えず、蝉の鳴き声が窓ガラスに響いていた。
その日、俺たちは再び全国模試を受けるため、学校に集まっていた。
「尊いですわぁ……」
答案用紙を配られると同時に、琴音が小声で呟いた。
「いや始まる前から尊がってどうするんだよ」
「緊張の空気が尊いのですわ!」
「頼むから監督の先生に聞かれないようにしてくれ……」
教室は張りつめた空気に包まれていた。
答案に向かう。
問題は難しかったが、不思議と手は動いた。
地図帳のページを思い浮かべ、シルクロードの要点を絡めて説明を書き込む。
(この夏の勉強が、少しは身についてきたのかもしれない……)
隣を見ると、琴音は「尊い」と書きかけて消しゴムで慌てて消していた。
さらに隣では、森山が額に汗をにじませながらも、迷いなく解答を埋め続けている。
数日後、結果が返ってきた。
放課後、三人で教室に集まって答案を見比べる。
「おっ、少し伸びてる!」
俺の声は自然と明るくなった。
世界史と地理が前回より上がり、C判定の中でも上位に食い込んでいた。
「尊いですわ悠真さん!」
琴音がぱっと笑顔を見せる。
「努力は裏切らないという証ですわ!」
「いや判定はまだCなんだけどな……」
「Cでも尊いですわ!」
……意味はよくわからないが、素直に嬉しかった。
一方の森山は……。
「……九十点。判定はA」
「すごいな!」俺と琴音が同時に声をあげる。
だが森山の顔は硬い。
「だが、まだ安定していない。次もAを取れなければ意味がない」
その言葉に、琴音は静かに首を振った。
「森山さん。結果を受け止めることも尊いですわ。ご自分を追い詰めすぎては、かえって危険ですの」
真剣な眼差しに、森山がわずかに目を逸らす。
「……わかっている」
そして琴音。
「わたくしは……E判定でしたわ」
苦笑しながら答案を差し出す。
「尊い、尊いと申しましても、数字は厳しいものですわね」
「琴音……」
俺は思わず言葉を失った。
だが琴音はすぐに微笑んだ。
「でも! この夏は本当に尊い日々でしたわ! お二人と一緒に学べたからこそ、諦める気持ちにはなりませんの!」
その無邪気な笑顔に、胸がぎゅっと締め付けられた。
(……やっぱり、この子はただ明るいだけじゃないんだ)
帰り道。
夕暮れの道を三人で歩く。
蝉の声に混じって、秋の虫の音がかすかに聞こえ始めていた。
「夏休みも、もう終わりですわね」
琴音がぽつりと言った。
「尊い夏でしたわ。お二人と過ごせて」
その言葉に、森山が珍しく頷いた。
「……悪くはなかった」
俺は二人の横顔を見ながら、胸の奥に熱いものを感じていた。
焦りも不安もある。だけど――こうして三人で歩いている今が、たまらなく尊い。
(この距離感のまま、受験まで走り抜けたい……)
そんな思いが胸に残る、夏の終わりだった。
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