第23話 夏、尊い葛藤とシルクロード

 八月。

 蝉の鳴き声がけたたましく響く中、俺は図書館の一角に座っていた。

 机の上には英単語帳、数学の問題集、そして世界史の年号カード。

 ――夏休みは「受験の天王山」なんて言われるけど、本当にそうだと思う。


「尊いですわぁ!」

 隣の席から琴音の声が飛んできた。

「朝から勉強に打ち込む姿勢! 尊すぎますわ!」

「お嬢様、ここ図書館だから静かに……」

「し、失礼しましたの」


 小声になった彼女は、今度は世界史カードをめくりながら「尊い」を繰り返していた。


 一方の森山は、分厚い問題集を積み上げ、黙々と鉛筆を走らせている。

 汗が額を伝っても手を止めない姿は、見ているだけでプレッシャーを感じる。


「……すげぇな」

 俺がつい呟くと、森山は顔を上げずに答えた。

「当然だ。夏を制する者が受験を制する。遊んでいる暇などない」


「尊いですわ森山さん!」琴音がすかさず反応する。

「その必死さが尊いですわ!」

「……やめろ」

 耳がほんのり赤いのを俺は見逃さなかった。


 昼休み。

 持参した弁当を広げながら、話題は自然と「歴史」に移った。


「悠真さん、今日も尊い歴史を!」

「え、毎日リクエストするのかよ……」

 俺は笑いながら地図帳を広げる。

「じゃあシルクロードの話でも。中国から中央アジア、さらに西のローマまで、絹や香辛料が運ばれた交易路だ。単なる道じゃなくて、宗教や文化も伝わった。仏教がインドから中国へ広まったのもシルクロードのおかげだな」


「尊いですわぁ!」

 琴音が手を打って目を輝かせる。

「物だけでなく、思想や芸術まで伝わるなんて……尊い交流ですわ! わたくしもシルクロードを歩いてみたいですの!」


「いや君はチョコを配るだけで学校を揺さぶってたろ」

「それも尊い交易ですわ!」

「いや、ただのお菓子流通だから!」


 居合わせた数人が吹き出し、森山まで小さく笑っていた。


 午後。

 眠気と暑さに耐えながら勉強を続けていると、森山が突然手を止めた。


「……クソッ」

 珍しく低い声。


「どうした?」

「数学の応用問題で詰まった。……完璧には程遠い」


 その悔しげな顔に、琴音が真剣な声で言った。

「森山さん……穴がある姿も尊いのですわ」


「くだらない……」

 そう言いながらも、森山は深呼吸して再びペンを走らせた。


 夕方。

 図書館を出ると、夏の夕焼けが空を赤く染めていた。

 蝉の声と、どこか遠くから祭囃子が聞こえる。


「……疲れたな」

 俺が伸びをすると、琴音がにこにこして言った。

「尊い一日でしたわ! 未来に続くシルクロードを歩んでいる気分ですの!」

「……悪くはなかった」森山もぼそりと同意する。


 三人で並んで歩く帰り道。

 シルクロードのように、遠く長い道のりが俺たちの前に続いている。

 荷物は重く、道も険しいかもしれない。

 けれど――尊い仲間と一緒なら、越えていける気がした。


(俺たちの夏は、まだ始まったばかりだ)

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