第九話 習性と知(if)
花曇は静かに告げる
「…別に解明しなくても…いいかも」
入道と羊間は少し驚いていた。
「というと?」
「…いや普通に3人揃ったから…そのまま脱出すればいい…と思う」
「あーそれは確かに」
羊間が少し考え込む。
「んーどうしよ」
しばしの沈黙が3人を包んだのち、入道が口を開いた。
「よっしゃこうなりゃジャンケンだ。ユウヒが勝てば探索、ミゾレの勝ちで脱出な」
花曇は右手を差し出す。
「…ジャン」
「ケン」
ぽん
「…負けた」
花曇は落胆していた
******
「人は知で恐怖を克服する。」
そう先生は言っていた。先生、というのは私_羊間夕日が勝手に呼んでいるだけの名で、本当の所は私の大叔父。梅雨ヶ台国際大学の元教授で沢山の本が家にあり、遊びに来た時によく貸してもらっていた。齢70を過ぎても背筋をぴんと伸ばした姿を見て、幼心に憧れの人だった。
「だから怖くて動けなくなる事があっても、知ろうとすることを忘れてはいけないよ」
引っ込み思案な私の背中を押してくれるような、優しい声だった。先生はその1週間後肺炎で亡くなった。
私は知らなければならない。理解しなければならない、
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私達は研究棟の奥へ進んでいく。うゆは初めの女の子の時以来嘘のように姿を見せていない。また資料が落ちていた。
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・うゆの文献について
5千年前の文明(※うゆの歴史についてを参照)の他にも様々な場所、時代においてうゆは確認されている。しかし、どの文献もうゆについての情報がある段階で不自然なまでに途切れており、何者かが情報を秘匿している可能性がある。いずれにせよ要注意。
・うゆの被害者について
うゆの肉片の一部を回収し内部を調べると人間の脳に酷似した構造をしていた。これはのちにうゆに捕食された人間の脳と一致する事が判明。当初は肉片が胃袋であるという考察もあったが驚くべき事にその脳が活動を停止したのは回収される直前であった、この事からうゆに捕食された人間の生死についての見解が分かれる事となった。
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「んーなるほど、とりあえず捕まったらろくな目には合わなそうな感じだね」
私達は歩きながら研究報告をくまなく読んでいく。私の考察を聞いていた
「しかしこんなに資料バラバラ落としてんならよ、うゆの対処法的なヤツの1つくらい置いてて欲しいもんだよなあ。今んとこ近づかないくらいしかないじゃんか」
「情報の秘匿ってやつの関係かなあ、習性についてが分かればなんとか出来そうなんだけど」
「…」
「とりあえずその秘匿した何者かさんてのを見つけりゃ良いって感じか」
「多分ね」
研究棟の廊下は奥に向かって果てしなく続いていく。
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・未解明のうゆの行動について
うゆの頭数は常に一定である。
うゆの繁殖を見たものはいない。
うゆは捕食以外の行動で時たまある方角、もとい○○国××地方のある1地点に向かって動き出す事がある。その1地点の調査は進められているが、未だ手掛かりは掴めていない。
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どれくらい歩いただろうか。落ちてる研究資料を拾っては読み、また歩くの繰り返し。
ヘンゼルの落としたパン屑にたかる小鳥の気分だった。
あれほど無限につづくように見えた廊下の先が不意につきあたった。
地図を見たところ研究棟最奥部らしい
「ここに秘密的なのがありそうね」
「開けるか」
「…」
重い扉を押し開く。その先にあったのは__
異臭、肉の腐るような匂いと鉄の匂いが立ち込めている。思わず吐き気がするほどだ。グロテスクに赤く
「…これだけ?」
その呆気なさに思わず私達は拍子抜けしながらも紙の内容を読む。
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・うゆの知能について
うゆは非常に高度な知能を有しており人間の未知や恐怖を知によって克服しようとする"習性"を完全に理解しています。
うゆの食事の基本は「誘い込み」です。
うゆは自らの一部や痕跡などの情報を少しずつばら撒く事により、より高度な知的生命体を選び、おびき寄せます。
うゆの体内に摂取された人間は記憶や人格、肉体の情報を生きたまま提供し続け、うゆの擬態や知能の進化に大きく携わっています。
追記
調査を行った人間の皆様や研究資料を閲覧してくれた皆様へ、ここまでの調査協力にうゆは本当に感謝しています。
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全身が
私は
彼らを人に化けて騙して喰らう獣としてしか見ていなかった。
彼らはもっと狡猾で嘘つきな怪物だったのだ。
びしゃ
ぞりり
私達が歩いてきた廊下の奥から聞き覚えのある足音が近づいてくる。それも一体ではない。
夥しい数の這いずる音がこちらに近づいてくる。"うゆ"の食事は誘い込みだ。この部屋そのものが餌だったのだ。私達は"うゆ"の胃袋の中に飛び込んでしまったのだ。こんな所までやってきて、後回しにしていた恐怖が私を飲み込んでいく。怖い、動けない。
不意にぐいと腕を引っ張られた。
「…逃げるよ」
そう言った
ぞりり
ぞりり
音はもうそこまで近づいていた。
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第十話に続く
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