二章 髪の怪
第3話 ポニテと田園
梟が消えた後、花曇が居たのはよく見知った凍星家の和室だった。襖を開ける。今度は廊下に出た。とりあえず変な和室からは脱出できた様だ。廊下はまだオレンジ色の陽光に照らされていた。
壁の時計を見る。凍星邸に入ってから10分しか経っていなかった。体感では何時間も和室を彷徨った気分だが、そも不思議な空間なのだから時間の進みも違うのだろうと無理矢理納得した。
「……?」
ふと気づいた、そういえば転んだりぶつかったりでボロボロだった筈だが、和室を出てからいつの間にか元に戻っている
「…まいいや」
ラッキーという事にした。
記憶を頼りに玄関に戻ると鞄とプリントのファイルが落ちていた。花曇はそれらを拾い上げ二階へ上がる。こんな妙な事に入道と羊間、そして紺子が巻き込まれていると考えたらじっとしていられなかった。本当は今すぐにでも玄関を開けて帰りたかったが、一度でも外に出てここに戻って来れる勇気がない事は花曇自身が1番わかっていた。
紺子の部屋の前に来た。鍵が掛かっているのかドアは開かない、部屋に彼女は居ないようだ。プリントの入ったファイルを置いて3人を探そうと気合を入れ直した時、ばたんと物音がした。振り向くと視界の端を一瞬だけ影がよぎり、すぐに廊下の角に消えていった。まだいるのか、という小さな絶望と手掛かりが無いよりマシかという更に小さな希望を天秤にかけながら恐る恐る影の消えた場所に近づく。洋風の部屋があった。鍵は開いている。多分ここは書庫だった筈。と記憶を頼りにドアを開け足を踏み入れる。その先には__
田園があった。
西に輝く夕日に照らされ、金色に光る稲穂に塗りつぶされた地面に農道が一本通っていた。視界の端を金色の稲穂の床をを縁取るように黒々とした山が囲んでいる。遠くに村が見えた。
振り返ると入ってきた扉はなくなっていた。
知らない和室から知ってる和室に繋がるのだから2階の部屋から屋外に繋がってもまあ仕方ないか、もういいよそういう事で、と花曇はかなり無理矢理納得した(というより理屈を考えるのが面倒になった)。
しばらく農道を進んでいた花曇は不意に立ち止まった。
「…居た」
花曇の目の前の稲穂の隙間から赤い髪留めと綺麗な黒髪のポニーテールが覗いている、入道だ。倒れているらしい。
「……生きてる?」
軽く肩を揺する、返事はない、が大きなあくびが返ってきた。脅かしやがって、と花曇は少々強めのビンタをお見舞いした
「痛ッてァ!」
効果は
やはり凍星邸とは時間の流れが違うらしく入道も気を失ってすぐの様だった。
花曇は事の経緯を手短に説明する
「……。」(かくかくしかじかで、の意)
入道は服についた草や土を払いながら状況を飲み込んでいく
「へぇー成程それでこんな所に居んのか、その梟はどうなったんだ?」
「……!!」(花曇自慢のローリングソバットで一撃で沈めてやったわフハハハの意)
「すげーなその技今度教えてくれよあたしもやってみたい」
花曇はジャージの裾を掴んで
「……コツはジャージの上着を拾ったり掛けたりする事」
「ソバットカンフーじゃねえだろ」
ともあれ元気そうだ
二人は農道を進んでいた。とりあえず遠くに見える村まで歩いてみようという事になったのだ。といってもかれこれ45分は歩いているが全く終わりが見えない。
「……」(恨めしげに入道を見る)
「んだよ、もう歩きたく無いって顔しやがってからに」
花曇は和室の時から合わせて半日は歩いた気分であり、若干歩くことにノイローゼ気味であった
「しっかし変わり映えの無え景色だなー…ん?」
汗を拭いながら辺りを見回していた入道が動きを止めた。
「へいミゾちゃんよ、ありゃ何だ?」
遠くの田んぼの中、黄金の稲の間にひときわ背の高い黒い何かが佇んでいる。こんなのを本で見たような気がする。花曇は記憶を掘り起こす。
「…くねくね?」
「はしてなさそうだけど」
「…」
「そーだなとりあえず離れるか」
二人は少し小走りでまた進み始めた
黒い何かは景色と共に小さくなって___いかなかった。それどころか振り返るたびに大きくなって見える。近づいている。追ってきている。
____ぅ_ぁあい
遠くのサイレンのような歪んだ音が稲穂を揺らしている。二人は走り出していた。振り返れば巨大な黒い何かがはっきりと見える距離まで来ている。毛、それは毛であった。濡れた髪の毛のようなものが何本も絡まってぐじゃぐじゃの塊になっていた。それはずるずると地面についた大量の長い毛を引き摺って迫ってくる。黒い塊は再び声を上げる。今度ははっきりと聞き取れた
くろ ちょぅだい
_____________________
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます