庭木戸前にて

 庭木戸の前で、白津透は細い煙草に火を点けた。

 彼女は、あまり好んで吸う方ではない。しかし、喧騒からスムーズに抜け出して、ちょっとした内緒話がしたい時、これ以上に手軽な方法を思いつけずにいる。口もとを隠す行為さえ、不自然とはとられないのだ。

 野端は斜め前で、印鑑ケースのような箱型の物体に短い煙草を差し込んでいる。側面のボタンを押して、煙が吸えるようになるまで待っていた。彼の煙草はライタで着火する必要がない。二回くらい、製品名と仕組みを説明してもらった気がするのだが、端から縁遠い存在だと決めつけていたせいか、ほとんど覚えていなかった。たかが煙草を吸う為だけに、これほど仰々しくてかさばる電子機器を四六時中持ち歩くというのは透のポリシィに反する。喫煙所で、隣の人間が困っている時に火をつけてやる事さえ出来ないではないか。

「外れですよ」野端がぶっきらぼうに言う。

「そう?」透は小首を傾げて微笑んだ。

「離れの出入り口は限られていますから、たぶん、間違いありません。誰も入っていないし、出てきてもいない」野端はすーっと煙を吸って、無表情のまま吐く。「こんな事があったっていうのに、兄妹二人とも、離れと母屋でばらばらに引きこもったままっていうのは、ちょっと、大丈夫かなってと思いますけれど」

「うーん、そっかぁ」透は顎を上げて、目を細めた。「佐倉川さん、出かける時にちゃんとメモを置いていったそうだから、二人きりになったとわかったら、何か、工作をするんじゃないかって思ったんだけど」

「儒艮も放って置かれたままでしたね」

「うん」

 しばらく、二人は黙って煙草を吸った。

 野端の方が吸い終わるのが早い。あれは一体、どうやって用済みになった事を判断するのだろう、と透はとりとめのない事を考えた。

「千紗さん、亡くなっていたんですね」野端がぽつりと言う。「例の体質……、藍以子さんにも遺伝していますかね」

「わからない」透は首を振った。「でも、今回はそんな話をしてる場合じゃないな、とても……」透は携帯灰皿を取り出して、そこに吸い殻を入れた。彼女は、灰皿が用意されている場所でも、つい遠慮して、自分が出したごみは家に持ち帰りたくなる性分である。「それよりもね、もう一人の妹さんの方が面白そうだよ」

 ああ、と野端は頷いた。

「メールを読んで、驚きましたよ。〈宵戸よいのとの木〉で会った子だって、本当ですか?」

「うん、ありゃあ、見間違えないね。心臓が止まるかと思ったわ」透は胸の辺りを押さえる。「お天道様に顔向け出来ない仕事ってのは辛いなぁ」

「先輩のやり方が乱暴過ぎるんですよ」

 透がハイヒールの踵を突き出すと、野端は小憎らしいほど俊敏な動きで飛びすさってそれを避けた。

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